第3話

3・リーマンショック



 ところで大太、「リーマンショック」って知ってるかい? ……って、猫のお前が知ってるわけねーよな。

 2008年9月15日、リーマン・ブラザーズ・ホールディングスが経営破綻して、そのあと連鎖的に世界的な金融危機が発生しちまった事があったんだ(ちなみにお前が産まれたのは2015年だ、月日は分からん。お前を保護したおばさんから伝え聞いた情報から推測するに、お前は恐らく産まれてすぐにどこかの誰かに捨てられちまったんだ。それを見つけたおばさんが、"放って置けない"とつい拾ってしまい、でも家庭の事情で飼育する事もできなくて猫カフェの里親会に連れてきたってわけ。そして当時その猫カフェのボランティア会員だったオレとお前は運命的な出逢いを果たしたのさ)。オレたち人間が、「猫に小判」ってことわざを使っているのは、猫のお前ならもちろんよく知ってるだろ? 要はその「小判」の貸し借りや、そしてそれによって発生する利子の事で様々なトラブルが起きたんだよ。

 そのリーマンショックが起きるよりも更に数年前、オレは北関東にあるM市という名の小さな田舎町に住んでいた。

 その頃オレには同棲している彼女がいた。大太と一緒にこの部屋で暮らしていたヒロミと同じような存在だと言えば猫のお前にもきっと分かってもらえるだろう。名を「ミカコ」という。このミカコってやつがさ、借金を抱えて利子が発生し続けている状態なのにも関わらず、それを返さずにパチンコをするというとんでもない女だったんだ。しかもその借金は、そもそもパチンコがしたいという欲求に負けた結果出来ちまったモノなのにも関わらず、だ。……幸か不幸か、人間は高度に発達し過ぎた文明を持っちまっているがゆえに、返さなきゃいけない金があるのにそれを返さずにギャンブルをしたり、反対に、そのギャンブルをするために無理にでも借金をしたりするという、ハタから見たらそれはそれはバカバカしい事をしてしまうヤツがまれにいるんだ。

 これは人間に限った話じゃないんだけど、脳からは様々な脳内麻薬が分泌されていて、それのおかげで生物は活動する事ができるんだ。危険を察知した時に逃げるか戦うかを判断するのも、寝たり食べたりする事で安心感を得たりするの、全てこの脳内麻薬が働いているからなのさ。ところが高度に発達し過ぎた文明を持つ人間は、その代償として、娯楽という名の副作用までもを抱えるようになってしまったんだ。その一つがギャンブルだった、というわけだ。しかも困った事に、脳ってヤツは、一度でもギャンブルに当たってしまうとその瞬間の快楽を強烈に記憶してしまうんだ。なぜなら当たった瞬間、脳内麻薬の一種であるドーパミンやノルアドレナリンが過剰に分泌されるからだ。もちろん、あらゆる脳内麻薬は正常な状態でも分泌されてはいるんだ、……さっきも説明したとおり、そうでないと生物は活動できないからね。でもギャンブルに当たった瞬間に放出される脳内麻薬の量はとんでもなく多いんだよ。結果、脳は、どうせ脳内麻薬を出さなきゃいけないのなら、軽い労力でたくさん出したいと思うようになってしまう、……これが強烈に記憶してしまう理由なんだ。オレたち人間は、こういう精神状態の事を病気だと考えていて、それを「依存症」と呼んでいるんだ。

 この依存症というのは、なにもギャンブルのやった時に限りなるわけじゃないんだ。まだ大太と一緒に暮らしていた頃、毎晩浴びるように飲んでいた酒を飲んでもなってしまう事がある。オレは依存症にまつわる様々な本を読み漁っていたから、「おそらく自分はアルコール依存症なんだろうなぁ……」、といったボンヤリとした自覚だけはあったんだ。

 ところで、酒には人の人格を貶める非常に強い力があるんだ。しかもその力は、何も飲んでる時にだけ働くわけじゃなく、飲んでいない時にも働くんだ。なぜなら酒は主に脳の前頭葉という部分を麻痺させるからだ。この前頭葉っていうのは感情のブレーキを司る働きをしている。事実、酒飲みには気の短い人が多いってイメージが強いだろう? あれはあながち間違った見立てなんかじゃないんだよ。前頭葉が麻痺してるんだもん、短気になっちまうのは当然なんだよ。それが理由で昔のオレは、いつも他人を責めてばかりで、他罰的で、なおかつ口の悪い最低な人間に成り下がっちまってたんだ。ヒロミから、「あなたの攻撃的なもの言いにはもう付き合い切れません」とフラちまうのも当然なんだ。いや、ヒロミに限った話じゃない。オレはあらゆる物ごと対して、他罰的で攻撃的に対応する最低な人間だったのさ。実際、オレは酒をやめてから自分でも辟易していた気の短さが明らかに収まっていくのを自分でも強く実感したよ、……もう少しだけ正確に言うとキレなくなったんだよ。断酒会の人たちからも、「入会したての頃よりも性格が穏やかになったね」と、それはそれは嬉しそうな声で言ってもらえるようにもなったしね。

 酒からギャンブルに話を戻そう。誓って言うけど、オレはギャンブルなんて物はほとんどやった事がない。高校の頃、まわりのヤツらで何人かやってるのがいたんで付き合いでちょっと打った事があるぐらいだ。それがいわゆるビギナーズラックってヤツでさ、たったの1000円でいきなり当っちまったんだ。オレはみんなに牛丼を奢ってやったよ。それですっかり味を占めちまったオレは次の週末今度は一人でパチンコ屋へ行った。ところが今度はダメだったんだ。あっという間に1000円分の銀玉が飲み込まれちまったのさ。それで目が覚めたんだ、「儲かるかも知れないという期待より、失うかも知れないという不安の方が大きすぎてオレにはできない」ってね。

 ちなみにそのパチンコ屋の仕事ってのはな、主に在日朝鮮人の奴らがやってるんだ。

 在日朝鮮人っていうのは、朝鮮半島で生まれた人たちを祖先に持つ人たちの事だ。別にその事自体をどうこう言う気はない。オレだって母親が日本とアメリカのハーフだったせいで一部の同級生から「外人!」と言われて不愉快な思いをした事が何度かあったしな。オレの母親は小学5年生の時に日本に帰化したと言っていた(その時に全部の指の指紋を取られたらしくて、"犯罪を犯したわけでもないのにすごく嫌だった"と愚痴ってたのを聞いた事もあったよ)。父親は普通に日本人だ、そして他でもないこのオレ自身は、日本生まれの日本育ち。……つまりオレは国際法上では立派な日本人なんだよ。だからこそ、人種差別は絶対に良くないと世界の誰よりも強くそう思っている。ただな、在日朝鮮人のヤツらは、日本が嫌いなくせに日本に居座ろうとするようなところがあるんだ、その姿勢や態度が嫌なだけなんだよ。しかも困った事にこの在日の連中は生粋の日本人と顔立ちが似ているから見分けがつけにくい。いや、日本や日本人に迷惑をかけずにひっそり慎ましく真面目に生きてくれるんならオレは何も言わないよ。けど、そんな奴らはごくごくほんの一握りでさ、ほとんどの奴らが、「わざとやってるの?」って言いたくなるぐらい迷惑ばかりかけやがるんだ。パチンコがいい例だよ。ギャンブルなんてもんは普通、客は儲からないようにできているんだ、……でないと店の経営が成り立たないだろ?(たったこれだけで簡単に論破できちまうのに、それでもギャンブルをやる奴らが一定数いるんだよ。おかしな話だよな。依存症という病気がどれだけ厄介な物なのかを証明する一つの証拠だよ)。にも関わらず、日本にはこんなにもたくさんのパチンコ屋があるんだ、まるで「日本の富と財産を搾り取れるだけ搾り取ってやる」、と言わんばかりじゃないか。これが迷惑じゃなかったら一体何が迷惑だと言うんだ。そしてさらに搾り取られたお金は、仮想敵国である北朝鮮で核ミサイルの開発に使われるんだ。つまりパチンコをやるという事は、すなわち利敵行為をするという事でもあるんだよ。

 ヤツらの祖先の生まれ故郷である朝鮮にしてもそう、困った事にこの国のヤツらはすぐに見えすいた嘘をつくんだ、しかも自分の言っている事を、本当は嘘だって分かっているクセに、それに気づいていないフリをしてるんだよ。何でかって言うと、そもそも国がそういう教育をしちまってるからさ。これは遠い昔の事なんだけど、その頃の朝鮮の文明は、それはそれはものすごくひどく遅れていたんだ。んで、アジアでもっとも文明の発達していた日本に、「助けてくれ!」って泣きついてきた事があったんだ。日本は言われたとおり奴らを助けてやった(大太、勘違いしないでくれよ、別にオレは"朝鮮が曲がりなりにも文明国になれたのは、昔の日本人が助けてやったからなんだ、感謝しろ!"だなんて恩着せがましい事を言うつもりは一切ないからな)。ところが助けてもらってどうにかこうにか自分一人でやっていけるようになったとたん、「日本に助けてもらった事なんて一切ない!」って嘘を言い出したんだ、しかも同じ嘘を自分の国の子どもたちにも教えるようになったのさ。結果、朝鮮の子どもたちはその嘘を本当だと信じるようになっちまった。ところがそれから更にしばらくして、社会が発達して情報が自由に行き交うようになり始めると、朝鮮で生まれ育った人たちは、自分たちが親から学んだ事を、「どうもおかしいのではないか?」と思うようになり出したんだ。でもそれで目を覚ましたのはさっきも言ったとおりほんの一握りだったんだ。困った事にほとんどの連中は本当は薄々嘘だって分かっているクセに、その嘘を吐く事を止めようとしないんだ。

 最後にもう一つ大事な事がある。主に日本でパチンコ屋を経営している在日朝鮮人っていうのはさ、朝鮮の文明がまだものすごく遅れていた頃、自分の国で受ける差別を嫌がって日本に逃げてきた人たちの子孫や、犯罪者たちの子孫なんだよ(この事にしたって、ヤツらは、"日本に無理やり連れてこられて強制労働させられていた"と嘘をついているんだ。強制的に連れてこられたと本気で信じているのなら、今からでもいいから朝鮮に帰ったらいいのにね)。ほら、日本に来れば自分たちの素性なんてすぐにはバレないだろ? おまけにさっきも言ったとおり顔立ちが似ているから見分けもつけにくい。けど、だからといって日本で直ちに真っ当な仕事が見つけられるわけもなく、それで生まれたのがこのパチンコ家業だったというわけなのさ。

 だからと言って別にオレは、最初からパチンコの正体を知っていたってわけじゃないんだ。ただ一つこれだは言える、どうやらオレの気質にギャンブルは合わなかったようなんだ。おそらく生まれつきそうだったんだろうね。ともかくその事に関しては本当に幸運だったなと、オレは今でも強くそう思っている。それとは反対に、オレには買い物を我慢するって事がどうにも苦手でさ、「この洋服、カッコいいな!」と思ってしまうとつい、何が何でも手に入れたいと思ってしまう悪いクセがあるんだ。こういうのを「買い物依存症」と言うんだ。全ての生物は、「欲しい」と思っている物が手に入ると脳内麻薬ドーパミンが分泌されるよう生まれつきプログラミングされている。お前ら猫たちがネズミを追いかけて捕まえようとするのだって、手に入ると興奮するという事を経験上、知っているからなんだ。だって、獲物を喰わなけれりゃ生きていけないだろ? で、さっきも言ったように高度に発達し過ぎた文明を持つ人間は、その代償として、娯楽という名の副作用までもを抱えるようになってしまった。お洒落もその一つだ。お前ら動物には分からんだろうが、オレたち人間は裸のまま外を歩くという事ができない、常識がそれを許してくれないんだ。そして、どうせ服を着なくちゃならないのなら、他人ひとより良い服を着たいと思うようになってしまう。その結果生まれたのがお洒落という娯楽だった、ってわけさ。むろん、自分の財力や身の丈にあった服を着るならどうという事もないんだけど、中には見栄っぱりなヤツもいてさ(他人ひとの事は言えないけどね)、そういうヤツらは他の人たちよりも少しでも良い服が着たいと思うようになる。するとその気持ちにつけ込んで売る側も売る側で自分たちの作る服には値段以上の価値があると値打ちをこくようになる。その悪循環から生まれたのが「ブランド」という概念なんだ。そしてオレは、さっきも言ったようにギャンブルはやらなくても全く平気なんだけど、このブランド品を所有したいという欲望に関してはどうにも我慢ができない悪癖があった、と言うわけなのさ。

 さっき話したミカコという女もそう、パチンコがしたいという欲求を我慢するのがすごく苦手で、そのせいでオレは何度も嫌な思いをさせられてきた。オレがそのミカコという女と別れたいと思うようになったのも、何を隠そうあの女が、何度言ってもパチンコをやめてくれなかったからでもあるんだ。



 ちょうどその頃、オレは仕事がめちゃくちゃ忙しくてさ、毎日残業・毎週休出というそれはそれはハードなスケジュールをこなしていたんだ。そのトラブルが起きた最初の週末、オレは休出だったんで、そのミカコという女に、

「夕ご飯作ってオレの帰りを待っててくれる?」

 とお願いしたんだ。ところが帰ってきたらアイツ、ご飯を用意せずに寝てやがったんだよ。帰ってきたらミカコの作った肴で一杯、と思っていたオレは、その事でついキレちまったんだ。「オレの方が忙しいんだし、帰ってきたらただちに酒が飲めるように準備して待っててもらうのは当然だ」、ぐらいに思っていたんだよ。今思うとひでぇ話だよな。でもこれもまた酒の悪い力なのさ。人間を、飲酒する事を真っ先に優先にするケダモノへと変えてしまう力があるんだよ。ところがミカコもミカコでキレしちゃってさ、

「そんなに腹が減ってるなら今からどっかで食べてきたらいいだろう!」って言うんだよ。だからオレ、こう言い返してやったんだ。

「金がないからお前の作るまずい飯に期待してたんだろうが! それがないからこっちはキレてんだよ! やる事もやらないで逆ギレしてんじゃねー!」ってね。……まあ、その時は一応、仲直りはしたんだけど、次の週、今度はこんな事が起きたんだ。

 日曜日の朝、夜勤から帰ってきた後、オレは夕方ぐらいまで寝てたんだ。起きたらミカコがいなかったから、

「今どこにいるの?」ってメールしたんだ。そしたら、

「パチンコ」って返事が返ってきたんだ。

「何時ごろ帰る?」

「7時」

 そう返事が来たから、夜の7時に間に合うように、疲れた体に鞭を打ってご飯を用意したんだ。ところがさ、

「ただいま、あの、ごめんなさい」

 帰ってきたのは9時過ぎだったんだ。悲しかったよ。

「お前さ、先週オレが"ご飯作って待ってて"って言ったのに、帰ってきたら寝てたよな。そんなお前のためにオレ、疲れた体に鞭を打ってご飯用意してたんだぜ。それなのに約束の時間破りやがって。自分一人で勝手に生きているわけじゃないんだし、約束の時間は守れよ」

 今度ばかりは逆ギレの余地さえないと思ったんだろうね。ミカコはその時、確かに、

「はい。分かりました。ごめんなさい」

 はっきりそう言ってたんだ。

 次の週の土曜日、やぱり休出だったオレは、先々週と同様、

「夕ご飯作ってオレの帰りを待っててくれる?」ってお願いしたんだ。

「うん分かった」

 ミカコは確かにはっきりそう言ったんだ。ところが帰ってきたらやっぱりご飯を用意せずに寝てやがったんだ。あれはさすがに頭に来たね。思わず財布を床に叩きつけちまったよ。

「前にお前、会社から急に"早出してくれ"って言われた時、オレに"お弁当作って持ってきてくれる?"って言った事があったよな? オレあの時ちゃんと作って会社に持ってったろ? でもお前、会社でオレと会うなり、"ちゃんとお弁当作って持ってきてくれたの?"って言って、オレの事あからさまに疑うような目で見たよな。確かにあの頃、オレはドラクエにハマってたし、疑われても仕方がないのは分かるよ、でもちゃんと作って持ってった事に変わりはないじゃん。当然だよ、普通は楽な方が忙しい方をサポートするんだ。もしお前、オレがあの時、弁当作って持ってこなかったなら怒る気でいたんだろ? オレはそれと全く同じ理由で怒ってるんだよ!」

 なあ大太、オレの言ってる事、何も間違ってないよな? ミカコもそれは認めてたんだ。けどさ、その後ミカコはオレの神経を逆撫でにするような事を言い出したんだ。

「ご飯、作るのは作ったんだ。でも味見したらめちゃくちゃ不味まずくて、とてもじゃないけどこんなのは出せないと思って捨てちゃったんだ」

「捨てたんだったらもう一回作れよ。もしくはたとえどんなに不味くてもそれを捨てずに冷蔵庫なりなんなりに置いとけよ。今時ガキも言わねえような言い訳をするな」

 もうそのやり取りでオレ、ただでさえ疲れていたのに余計に疲れちゃったんだ。

 その次の日曜日の朝(もうこの時点でデジャヴを感じてるだろう?)。夜勤が明けて朝帰ってきた後、オレはしばらく寝たんだ。夕方ごろに目が覚めたらミカコがいなかったんでメールしたんだ。

「今どこにいるの?」

「パチンコ」

「何時ごろ帰る?」

「7時」

 オレは疲れた体にムチを打ってご飯を用意したよ。ところが帰ってきたのは、やっぱり夜の9時だったんだ。その頃にはもう、作ってやったご飯と一緒に愛情もすっかり冷めて切っていたよ。

「ただいま。ごめんなさい」

「いや、もう詫びは受けない。別れよう。二度ある事は三度あるって言うし、きっとこれからもこういう事は繰り返されるよ。だいたい、ギャンブルをやるお金はあるくせに、そのギャンブルのせいで出来ちゃった借金を返さないなんて明らかにおかしい。オレ、今までに何度も何度もこう言い続けてきたよな、二人で生活費を折半する事で生まれるゆとりを、借金を返すために使えって……」

 実はオレにも、その頃借金があったんだ。車が好きでさ、自分の愛車を改造する関係で出来ちゃったんだ。大太も車には何度か乗った事があったよな。里親会の会場からオレのアパートへ来る時と、動物病院への行き帰りに。……ああそうか、大太を拾ってくれたおばさんが運転する車にも確か乗ってたよな。オレたち人間ってさ、行動範囲がものすごく広いから、速い乗り物に乗らない事には生活がままならない事がたくさんあって、それで車なんていう動物からするとわけの分からない乗り物をすごくよく利用するんだよ。んで、人間ってものすごく見栄っ張りだからさ、他の人よりももっと速い車に乗りたいとか、もっとカッコいい車に乗りたいとか、そう思っちゃうとついアレコレ弄りたくなっちゃうんだ。ただし誓って言うけど、オレは毎月その借金をコツコツちゃんと返してはいたんだからな。だからこそ、ミカコにもそういう人間になって欲しくて口を酸っぱくして「借金を返せ」って言い続けてきたんだ。でももうこの時、それは無駄なんだって事がよく分かったんだ。だからこう言ったんだ。

「……雨も降ってるみたいだし、今夜一晩だけはこの部屋に置いてあげる。でも、明日の朝には直ちに出て行ってくれ。さようなら」

 パチンコがどれだけ迷惑か、そしてパチンコにのめり込む事でまわりの人たちがどれだけ悲しい思いをするか、これで大太にも分かってもらえたと思う。

 ……ちなみに、この話をあるおじさんにしたところ、思いっきり勘違いをされた事があったんだ。

「ダメじゃない、家で彼女がご飯を作って待ってくれているのにパチンコをやるなんて」ってね。

「あの、人の話はちゃんと聞いてください。パチンコをやっていたのは彼女です」

「じゃあご飯を作って待っていたのは誰よ?」

「オレです」

 そのおじさん、オレがそう答えたら完全に思考が停止しちまったみたいで、しばらく口をあんぐり開いたままそれはそれはたいそうおったまげてたよ。

 実はオレの母親はひどい酒飲みでな、家の事をあまりやってくれなかったんだ。オレたちの事を、「目を離すと何をやらかすか分かったもんじゃない」って言って、在宅の仕事をしていたんだ。主にワープロで手書きの原稿を活字に書き換えるって仕事をさ。それをいい事に昼間から家で酒を飲むって事をよくしていたんだ。んで、夕方になる頃にはもうすっかりデキあがってて、ご飯なんか作れなくなっちゃってるってわけ。それが理由でオレ、母親の代わりに弟と妹に晩ご飯をよく作ってやってたんだよ。オレからすればむしろ逆に、「目を離すと何をやらかすか分かったもんじゃないと言うのなら、母親から目を離さない誰かをここに連れてきてくれ」って感じだったんだ。これは家庭心理学の本で読んだ事なんだけど、親との関係において情緒的な傷を負った人間って、どうしてもその親が作った家庭と似たような環境を作るようになっちまうらしいんだ。この頃のオレがミカコみたいな女と付き合っていた事にしてもそう、本能的にどこかしら似たような相手を知らず知らずのうちに選んでしまっていたからなんだよ。

 そしてもう一つ、さっきのおじさんが話を勘違いした事にしても、特に日本では「パチンコは男がやる物、料理は女がやる物」という先入観が強いんだ。人間っていうのはどうしても、環境の影響や情報に左右されてしまいがちな生き物だからね。……ま、もっとも、いくら母親のせいとは言え、オレぐらいマメで家事全般が得意だって男はかなり珍しい事に違いはないんだけどさ。

 とにかく、オレはパチンコが理由でミカコとは別れた。ところが、別れたら別れたで、一人ぼっちの部屋が寂しくてさ、気持ちを切り替えたくなってしまったオレは、その部屋からは出る事にしたんだ。そして派遣会社の人にお願いして、その会社の寮に入れてもらう事にしたのさ。そう、せっかくわざわざ敷金・礼金を支払って借りていたアパートを、今思うと「寂しい」というわけの分からない理由でわざわざ出る事にしちまったんだ。本当に馬鹿な事をしたと今ではそう思っている。正直に言うと、実はその時あまり後先の事なんて考えてなかったんだ。「また一から貯金し直して、新しくアパートを借りればいいや」ってね。



 ……そう、まさかその約1年後にリーマンショックが起きるだなんて、その時は夢にも思っていなかったんだよ!

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