夏の誓い
花
夏の誓い
8月3日。今日は星ヶ丘中学校吹奏楽コンクールの日。
フルートパート3年、松本海はとても緊張していた。
「大丈夫だよ!絶対金賞だって!」
海を励ましてくれたのはクラリネットパート3年、橘美咲だった。
「私なんかソロ2つもあるんだよ!海はいつも通り吹けば大丈夫だから。誰よりも努力していたところ、私見てたから!」
美咲は余裕の笑みでそう言った。
この子はどうしてこんなにも自信があるんだろう。ソロを2つも抱えているのに一切緊張はせず、いつも通り吹けば大丈夫だと言い切れる彼女のメンタルの強さにいつも驚かされる。そして、私のことをよく見ていてくれる中学で出会った大切な親友である。
「そうだね。いつも通り吹けば大丈夫だよね!ありがとう」
海がそう言うと、クラリネットパートのメンバーの元へ走っていった。
「アイツは強いよな。いや、強すぎる」
海は驚いて声の主の方へ向いた。
「涼太!びっくりするからやめてよー」
トランペットパート3年、榊原涼太。海の幼稚園からの幼馴染。
「ごめん、ごめん。いやー、美咲はクラ上手いし今年こそは金賞、取れるんじゃないかと思うんだけどな。みんなも去年よりやる気あるし」
星ヶ丘中学校吹奏楽部は、吹奏楽があまり上手ではない学校で、いつも地区大会銀賞だった。しかし、今年は顧問が代わり、前の顧問より厳しい練習に打ち込んできた。何度も何度も怒られ、叱られ、時には涙し、この顧問に負けるかと、絶対金賞を取ってやるんだと、みんな全力を尽くしてきた。
「そうだよね、みんなで金賞取らなきゃ。もう私たち3年生だし。弱気じゃいられないね」
海が笑って見せた。
「お前は美咲じゃないんだからそんなに強がんなって。そのままでいいんだよ」
涼太はそう言うと手を振り、男子部員の元へ行ってしまった。
いつも通り。そのままでいい。
そんな言葉が海の頭にぐるぐると回る。二人とも簡単に言ってくれるけど、それが難しい。そう海は思う。1、2年生の時のコンクールの時もそうだ。先輩からいつも通りで吹けば大丈夫だと言われたが、本番になると一気に緊張してしまう。そしてミスをする。それがトラウマだった。今年は去年とは違う。皆の金賞という期待が大きい。その中で私がミスをしてしまったら金賞に届かなくなってしまうかもしれない。海は怖くなった。
「はい、皆さんバスがそろそろ到着するのでパートごとに並んでください」
吹奏楽部の顧問の先生が手を叩き、部員を集める。
「海先輩大丈夫ですか?顔が少し青いですよ?」
後輩が心配そうに私の顔を覗き込む。
「大丈夫、ありがとう」
海は気丈に振る舞いそう言った。
バスに乗り込むと会場に向かって走り出した。海の隣に乗った美咲は、念入りに楽譜をチェックする。私もしなきゃと海が自分の楽譜を開くが、まともに楽譜を読むことができなくなっていた。
バスは1時間程度で会場に着き、一旦解散し、各々昼食を取ってから集合ということになった。本番は14時10分からだ。
気持ち悪い…。
海は昼食を食べるフルートパートのメンバーに、お手洗いに行ってくると告げて、急いでトイレへ向かった。
しばらくして気持ち悪さが落ち着いて来たので外へ出ると、トイレに行こうとする涼太がいた。
「海、大丈夫か…?」
「ちょっと、気持ち悪くて…」
海の顔色の悪さに涼太は驚いた。
「ちょっと涼しいところに行こうか」
涼太は海を日陰があるところに連れて行った。
「無理しすぎるなって言ったろ」
涼太は海に水を渡した。
「無理するようなこと何一つしてない、ただ、色々考えすぎちゃって気持ち悪くなっちゃって…」
「それ無理してるんだって」
どうした、話なら聞くぞ?と涼太は優しくそう言った。海は今年は去年の部活とは違うこと、皆金賞を狙っていること、ミスをする不安を話した。
「…それで過度に緊張して体調が悪くなっちゃったってわけか」
「うん」
「もしかして、今年ずっと無理してたんじゃないか?」
そう言われて涙が溢れて来た。
「ちょっ…泣くことないだろ」
「だって私、3年生のなかで下手な方だし、先生変わっちゃうし、みんな目標が更に高くなって置いてかれちゃうって必死で、それから…」
「わかった、わかったから」
涼太が周囲を見渡して必死でなだめる。幸いなことに、海たちを見ている者は一人もいなかった。
「取り敢えず、お前は下手じゃない。あんなに練習したじゃないか。もしミスして周りから責められるようなことがあったら、俺と美咲で庇ってやる。まぁ、一生懸命やってきた仲間だから責める奴なんて一人もいないと思うけどな」
そう涼太は笑った。その顔を見て海はホッと安心し、一回深呼吸をした。立ちあがろうとしたその時、会場からこちらへ走ってくる美咲が見えた。
「はぁ、はぁ…フルートパートの後輩が心配してたよ!…どうした?体調悪くなっちゃった?」
「ちょっと気分悪くなっちゃって…。もう大丈夫だよ!」
美咲は海の顔をじっと見てから、顔色が良いことを確認して安心した。
「涼太、美咲。絶対金賞、取ろうね…!」
二人は顔を見合わせると、当然のようにこう言った。
「「もちろん」」
3人は会場へ向かい、コンクールに向けて支度を進めた。コンクールの結果は金賞だったが、県大会には進めないダメ金だった。しかし、去年を超えることができた喜びと、仲間との絆を実感できた、素晴らしい思い出ができた海だった。
夏の誓い 花 @6a_
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