第87話
「…話は早かった。聚楽第に登城する機会があって、北政所様にお会いしてな。そなたも薩摩に帰る時に挨拶に行ったんだろう?」
久保様の口から聞かされた懐かしい名に、はい、と頷く。
北政所様。
あの御方は本当にお優しい方だった。
遠い薩摩から上洛した私の身の上を按じ、涙し労ってくださり。
久保様との婚儀も心から喜んでくださった。
「私の顔を見て驚かれてな。許嫁の亀寿が帰ったのに、どうしてお前がまだ京にいるのだと。正直に帰薩の許しが出ない、祝言は国で挙げたいと言ったら、人質はもう充分とその日のうちに石田三成殿を説き伏せ、書状をくださった。…有り難かった」
ふふ、と二人で涙を拭いながら、京での日々を想いだして笑う。
そんなことが、あっていたなんて。
「北政所様は私を帰すことで島津家の繁栄を願ってくださった。だから必ずや、その御恩に報いる為、豊臣のために島津は何があろうともすぐに参陣、
さらさらと、桜が頬を掠めていく。
私達の涙を拭ってくれるように。
「…島津なんてどうにでもなれとやけくそだった私がそんなことすら、口走っていた。
…そなたと一緒になりたい一心で」
久保様は私の膝に頭を預けたまま、青空を背景に散り咲く花びらに触れるように手を伸ばした。
「それで、今こうして私は亀寿とここにいる。生まれて初めて己で選び…決めた道だ」
今までは誰かに決められた人生だった。
それでも。
私と、共に生きることが。
生まれて初めて、自分で決めて掴んだ
「…だから…今が一番幸せで…生きた心地がしている…」
彼が私に惜しみなくくれる愛は、きっと私が思っているよりも大きく、優しく。
そして…深い。
それがどうしようもなく、嬉しくて、切ない。
「真に…この世に未練などなくいつ死んでも構わなかったのに…」
そっと呟いた久保様はその涙を隠すように片方の手の甲を目元に乗せ、小さく微笑んだ。
「…いつの間にか…この世がこんなにも愛おしくなるとはな…。
—————そなたと生きる…この戦乱の世が」
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