第84話

「…間に合ってよかった。満開の皇徳寺も良かったが、真幸の桜も絶対に見せたかった」









この深い緑の丘を埋め尽くさんばかりの、桜花。








もう散り始めていて、花びらが惜しげもなく降り注ぐ。








それは、桜吹雪。



 






私の手を繋いだまま、久保様は桜を見上げる。









「…どうしてこうも…桜は美しいんだろうな…。ずっと見ていられる」









空いた手でまだ幹に残る桜を優しく撫でるように触れると柔らかく微笑む。











そして散る桜の花びらの中にそっと手を差出した。













———————まるで雪のようだな。












そう、祝言の日に散る桜に手を差出した彼の横顔が。








どうしてか、私の記憶に鮮烈に残っている。








その穏やかな笑みを湛える横顔を見て、それが重なる。







殿方にしておくのが惜しいくらい…どこまでも桜が似合う美しい人。










この人と共に生きていくのだと。







そう強く思ってその握られた手を両手で包み込み、口元に近づける。







そしてそっと、その手の甲に口づけを一つ落とした。








驚いたように私を見下ろした久保様に、笑って見せる。









「…亀寿は…幸せでございます」










そして、身長の高いその肩に額を預けた。









「ここで…貴方様と二人、生きてゆくのですね」








幸せだと、心から思う。







この人と共に生きていけることが。







手を引いてもらえることが、同じ景色を見られることが。








…愛して、もらえることが。









全てが、幸せだと。











「…幾久しく…よろしく頼む」







少し恥ずかしそうに久保様ははにかむ。







「はい。私の方こそよろしくお願い申し上げます」








祝言の日と同じ言葉で、なんだかおかしくて顔を見合わせてお互い笑い合う。







一頻り笑って、そっと久保様が私の頬を撫でる。







それが心地よくて目を閉じると。








触れるだけの、優しい口づけが降ってきた。

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