第83話

それからも、道行く民が久保様を見つけると頭を下げながら声をかけてくる。






その全てに、久保様は耳を傾け、他愛ない話をする。




 


民は皆、私にも『おめでとうございます』と祝言の祝いの声をかけてくれて。






ここは優しい地なのだと、心から思う。









「…本当に民を大切にしておられるのですね」









馬に揺られながら静かに聞くと、久保様は少し寂しそうに笑った。








「民には…急な陣触れなどで無理を強いなければならない事も多いからな。話を聞いて近くにいてやることぐらいしかしてやれない」









きっと、民にとってはそれが何より。







本当に優しい御方だと心から思う。









「皆には心から感謝している。民あっての武家だ。だから近くにいたいんだ。少しでも」



 





その御心、私も大切にしたい。







この地を治める、島津久保の妻として。










「また村へ参られる時があれば、私もお供させてください」







そう言うと、久保様はふわりと笑って頷いてくださった。










それから他愛ない話をしながらゆっくりと緑豊かな地を馬で歩き、小高い丘を馬で上っている。







もうすぐ頂上だ、と思った時に。




 



目の端に一枚の桜の花びらが舞った。









「…ここは八幡丘という。もう少し行くと桜も綺麗でそこから真幸まさきが一望できて好きなんだ。ずっとそなたに見せたかった」








久保様は私を馬から下ろすと、その手綱をそのあたりの木に繋ぐ。







そして差し伸べられた手に、よいのですか?と目で尋ねるように久保様の顔を見る。







「いい。このようなところ誰もいない。行こう。…おいで」








その優しい笑顔に、私も笑い返して手を重ねる。







「はい」







それに満足そうに笑った久保様に手を引かれて、歩き出した。







誰かと手を繋いで歩くなんて考えたこともなかった。








しっかりと握ってくれている大きな手を見つめて、思う。








慕う方に手を引いてもらえるなんて、幸せで。











「亀寿」








ぼんやりしていたら名を呼ばれて顔を上げる。








すると目に飛び込んできた美しい景色が、この胸を攫っていった。

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