第82話

領民の皆がわいわいと畑仕事に精を出している。






それをゆっくりと馬を歩かせながら久保様が優しい瞳で見ていると。







一人の若い男の人がこちらを見た。









「あぁぁ!若君様!!」








持っていたくわを放りだしてやってきて、久保様の馬の下で平伏した。







「精が出るな五兵衛。変わりないか?」







「はい!今年は畑もよく実りそうでございます!」







「そうか。それはよかった」








名前も知っているし、顔見知った関係だということは察する。









「はい!若君様こそ御祝言、おめでとうございます!」










「ありがとう。…何やらお前に言われると気恥ずかしいな」









「…そちらは…奥方様で…?」









「あぁ」








久保様が私に目配せをして先に馬から下りる







そして私の手を引いて下ろしてくれた。









「何てお美しい方じゃあ…!」







「そうだろ?」









久保様の返しにぎょっとする。








「はい!若君の奥方様をまさかこの目で拝めるとは…!」 









「いえ、そんな…!」








地面に頭がつくほどひれ伏されて、慌てて腰を落とす。








民を家臣と同じくらい大切にする。






それは…久保様が大切にされていることだと以前教えてもらった。








私も、その心を大切にしたい。








「顔を上げてください。昨日こちらに参ったばかりなのです。いろいろと…この地のことを教えてください」







そう笑うと、不器用そうに微笑んで頭を下げてくれた。








「…あれ、そういえば…生まれたのか?」





 

「はい!」






久保様が尋ねると、その人は頭を深く下げて近くの家に入っていく。







「五兵衛は若いが、一応ここらの足軽大将でな。そろそろ生まれる頃だと聞いていたんだ」






久保様が私にそう言っていると、夫婦は慌てて赤子を抱いてやってきた。







それに、久保様と顔を見合わせて笑う。








「無事に生まれたか!よかった…。どっちだ?」







「娘にございます。春と申します」








「そうか!……よいか?」








久保様が何の躊躇いもなく、母親に向かって両手を差し出す。






すると二人は泣きそうになって深く頭を下げて赤子を久保様に手渡した。







「良い子だ!元気に生まれてきて、親孝行だな!」







意外と手慣れていて、そういえば小さい兄弟も下にいらっしゃることを思い出す。







久保様の腕の中で、赤子は小さく笑った。








「まぁ、なんと愛らしいお顔立ち…。可愛らしいですね」








「本当に。お前に似ず奥方に似てよかったな、五兵衛」




 



「本当に!それだけは有り難い限りで!」








身分関係なく冗談を言って笑い合う久保様を見て、自然と私の顔が綻ぶ。







こんなにも、民と近く接する領主はなかなかいないと思う。








「子を産むは命懸け。奥方も無事でよかった。何か困ったことがあれば言ってくれ。子は宝だ」







「ありがとうございます…!若君様に抱いて頂けるなど…この子の一生の誉れにございます…!」









母親の言葉に久保様は深く笑って、優しく腕の中の赤子を見つめていた。

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