第80話

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「綺麗…!」








初めて陽の光の下で見る、この地の美しさに思わず笑顔になった。








日向・真幸院まさきいん






ここが久保様の治める地。









当番の物見の家臣が、突然城主である久保様が来たから慌てふためいてひれ伏す。









「すまない。気にしないでくれ。降りた時は呼ぶ。少し休んで来い」








「はっ!」








久保様が優しく言って家臣が降りていくと、二人で外の景色を見渡した。







春の陽気の中、きらきらと日の光を浴びて美しい川が流れている。









「あの川は何という名ですか?」









「あぁ、川内川せんだいがわだ」







「川内川…」







「水源は肥後だと聞いている。雨が降らねば穏やかな川だ」








飯野城を守るように流れる、大きく美しい川。







その名を聞いてまたひとつ、彼が治めるこの地のことを知れたと思う。






飯野城は二の丸や三の丸から成る山城。







幸せな二度寝から起きて、久保様を連れ回し城下に出る前に広すぎる城内を案内してもらい。







そして今、城下を見る為に櫓に登っていた。








「寒くないか?」  







心配そうに言ってくれる久保様に、私は笑ってみせる。







「いえ!風が気持ちようございます!あの大きな山の名は…?」








霧島きりしま連山だ。秋は紅葉が美しいぞ」


 






 

霧島連山。 







青空を抱いて雄大に聳えている美しい名の山に、目を細める。







この地で久保様が生まれ育ったのだと思うと、初めて見たばかりなのに愛おしい気すらしてくる。







この飯野城へ入ったのが昨日の日が落ちてからだったから、朝起きて見た景色が全て新鮮だった。







空も、山も、川も薩摩とは違う。








久保様が生まれ育ち、守られ、そしてこれから守っていく地。













「…改めて己が治めると思うと恐ろしいな」











ふと、久保様が静かに呟く。









「この真幸院まさきいんも、…薩摩大隅も」











私の背後に立ち、手すりに両手を置く。







後ろから抱きしめられるような格好になってどきりとするが、久保様はそうでもないみたいで。






その目は、この美しい霧島の山々に抱かれた地を見つめる。







「…この真幸だけでもこれだけ広いのに。薩摩大隅は大きすぎて…私には荷が重すぎる」








薩摩、大隅、そして日向を治める島津宗家の、当主。






それが、これから彼の肩に全てのしかかる。









…それを、支えるために私はここにいる。








少し沈んだ顔をした久保様の大きい手に自分の手を重ねて、私は努めて明るく言った。






 


「もっと見てみとうございます。久保様!」










唐突な私の言葉に、久保様はきょとんとする。










「貴方様がお生まれになり、お育ちになったこの真幸院。もっと見てみとうございます!」








笑って、私はそう言う。







大き過ぎるものを背負う貴方様の横では、ただ笑っていたいから。








それぐらいしか、妻である私にはできることがない。



 





「早くお連れくださいませ!」




        



 


そして愛おしい貴方様をはぐくんだ、この美しい地を。







もっともっと見てみたい。



 



急かすようにその腕に触れる。








すると久保様は仕方ないな、と言わんばかりに小さく笑った。

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