第77話

それ以外の言葉が見つからない。








そのままそっと、整いすぎている顔を見つめる。










…このひとが、私の夫。









人質として上洛した我ら島津の若君は、京の公達にも劣らぬ美しさ、と。






薩摩では九州征伐の後に民の間でまで噂が立っていたのを志乃から聞いたことを思い出す。







…本当だわ。








確かにそういえば。






京に居た時でさえ、京の武家の間での噂は聞いたことがあった。









『島津久保は島津十文字に似合わぬ美丈夫』と。









あの獰猛な薩摩隼人の御曹司が、まさかと皆思ったようで。


 






十文字に似合わないって何なんだ、とまだ私達がただの従兄弟同士だった頃…彼が少し怒って言っていたのを思い出して小さく微笑んだ。










……言われても仕方がありません。









心の中で、そう呟く。









あれから数年経った今、久保様は大人びてもっと秀麗になった。









「…久保さま…?」





 




呼んでみるけど、まだ起きない私の旦那様。









…もう少しいいかしら。








ならば、とほんの少しだけ指先でそっとその形の良い唇に触れてみた。









…この唇に、毎夜口づけられているのか。



 






そう思うと恥ずかしくなって手を引っ込める。

   








…はしたない。









だめだわ、起きなければ。







そう思って彼に背を向けて起き上がろうとしたその時。







後ろから長い腕に、囚われる。











 


「…朝から随分可愛らしいことをしてくれるんだな」











突然耳に飛び込んできた言葉に、心の臓が止まりそうになるほど驚く。








「ひ、久保様…!」







「おはよう」







そっと後ろを振り向くといつの間にか、横になったまま頬杖をついている彼。





 


「…お…はようございます…」


 





反射的に小さく言うと久保様は綺麗に笑った。








「もう!いつから起きていらしたのですか?!」








いろいろと恥ずかしいことをした。








「…亀寿が起きてすぐ出ていこうとしたときかな」









その言葉に、ふと考える。






考えて、恥ずかしくて堪らなくなる。









「…最初からではないですか!」










思わず叫んで、両手で顔を覆う。






恥ずかしい。

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