第三章〜芽生〜

第73話

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「世話になりました。真に…美しい桜でした」








桜吹雪の中、久保様が和尚様に御礼を言うと和尚様は柔らかく頭を下げた。








「またお疲れの際には是非ともお立ち寄りくださいませ。この皇徳寺…いつでもお待ち申し上げております」








優しい笑みを浮かべて、見納めだと久保様は桜を見上げる。






少し影が取れたようなその横顔の美しさに、私は目を奪われる。








見惚れてはいけないわ、と思って私は久保様の袖を引いた。








「…久保様」








「ん?」








「…お願いせねば」








「あぁ、そうだったな。…和尚」








「はい?」









久保様は後ろが騒がしいのを見て微笑む。


 







「あの子猫たち…私が貰い受けてもよろしいか?」









騒がしい皆を見ながら、仕方がないやつらだ、と言わんばかりに久保様は苦笑いをした。









「あれ?茶トラいなくない?鬼ちゃん」







「えっ?!…あ、本当だ!おりませぬ!」







「何をやっておるのだ!もう出立だぞ!親匡!猫はお前がしかと見ておれ!」








「見てたつもりなんですけど!久規さん、知りません?」







「わしは知らぬぞ!ははは!子猫すばしっこいの!」








久保様が、あの医者の二人を召し抱えたいと言ったとき。





忠続殿と久規殿は猛反対した。







武家の出でもない者をなど、断じてならぬと。







私も、心底驚いた。







だけれども子猫たちを見たこともない手捌きで救ったのは、まるで神の所業しょぎょうだった。







そしてそれは松の切り傷の治療も。







治癒も早く、的確な手当だったのだと思う。   







驚くことにあんな深傷を負った彼女が高熱も出すこともなかった。







腕もあまり上がらないかもしれない、と心配していたが…今は少しずつ回復している。






それを見た忠続殿も、久規殿も、親匡のその神がかった医術にぐうの音も出なかった。












戦で、傷ついた家臣の傷を治せるのなら。






少しでも、痛みを和らげてやれるなら。







戦を無くせない自分に、共に戦ってくれる家臣たちにしてやれることといえばこれくらいしかない、と。






久保様は寂しそうに笑っていたから。

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