第72話

「私に仕え、家臣を救ってくれるか?匡輝」










久保の優しい声が耳に届くと同時に、身体が勝手に平伏していてた。











「——————————はい…。必ず」





 









俺のその答えに、久保は頷いて深く笑った。





 



「…では、決まりだな」








その美しい笑顔を見て、強く思う。








必ず、救って見せよう。
















——————————貴方を。
















あの忌まわしい、1593年9月8日が来ることのないように。







歴史が変わる?








それがどうした。







そもそも歴史なんて、簡単に間違って伝わっているじゃないか。








現に島津家の17代目は…島津義弘ではなく、その息子の久保だったんだから。










「…『匡輝』というのは、いみなだな?」









頷いた俺に、久保は静かに言った。

















「…では、今より名を改めろ。




———————いみなは私が預かろう」















いみな





それは真の名のこと。






この時代の人は普段は通り名と呼ばれる名を名乗っていて、その人の諱は親や主君しか呼ぶことが許されていなかった。







目の前のこの高貴な男だって、普段は『島津又一郎』と名乗っていたはずだ。





 



『久保』は、いみな







 


「…そうだな…」




 




腕を組んで暫く考えていた久保は、うん、と微笑んだ。





















「…では、『ちかしい』という字を宛てよう。…その名に」























親しい…?








不思議に思う俺に、彼は屈託なく笑う。

 

















「お前は人の心に寄り添い、そしてちかしく在れる男だ。


医者として…人として、な。 



そのようなお前がこの島津の為に力を貸してくれること…




—————————私は心から嬉しく思う」





 
















その言葉に、心の奥底から何かが込み上げる。








久保は立ち上がると、平伏す俺に凛とした声で言った。























「…私と共に来い。






————————山本親匡やまもとちかまさ





















—————————山本親匡。





 




ぼんやりと、頭の何処かに記憶にあるなと思いながらも深く頭を下げる。







…誰だった、かな。






…山本親匡。







思い出せないけどただ確かなのは。








———————————それがこの戦国時代で生き抜く為の名、だということ。








ならば本当の名は。








……主君である島津久保に預けよう。








それは、決して揺らぐことのない…この時代の主従の誓い。















「———————はい」












死なせたくないんだ。






貴方を。






タイムスリップなんて非現実的なことが起きて。







ずっと追いかけていた貴方に会えた。








これは、俺の使命、か?







誰に聞いたわけでもないが、考えて笑う。










この時代でやることが見つかった。










——————島津久保を助ける。










それを胸に刻んで、俺はもう一度深く頭を下げる。








春の風が、さらりと桜を乗せて吹いてくる。







その桜に、誓う。






 












———————必ず、貴方を守ると。

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