第70話

「…無理にとは言わぬ。


ただ考えてみてほしい。


お前が望むのならば医者としてでなく武士としてでも良い。


私の側に仕えて力を貸してくれぬか?


ここで会ったのも何かの縁だ」









柔らかく紡がれるその言葉に、ちらりと三蔵の表情を窺う。








「…どうして、私のような者に…そのような…」








ぽつりと、三蔵は尋ねる。






すると久保は優しく笑った。




 

 




「…お前は別け隔てなく人を助けようとしていた。己の力量を見て、金創医の技術が抜きん出ている胡乱な匡輝に頭を下げてまで。なかなかできることではない」








胡乱って、と心で突っ込むが、久保もわざとだったらしく俺を見てにやりと笑った。







そして三蔵の肩に手を置く。








「…医者の中には、金を払わねば診ぬという者もいる。


そういう者ではなく、純粋に私の大切な家臣を診て助けてくれる医者が欲しい。


人は傷つき心の痛みを知れば、優しさの意味を知る。


ならばそなたは誰よりも優しい医者として…我が家臣を救ってくれるだろう」











…島津久保というこの青年の優しさと寛大さに、惹かれない人はいないと思う。









久保のその優しい声に、三蔵はすたすたと音もなく涙を流して俯く。







その背中を、俺は自分も家臣になれと言われたことなんて忘れてそっとさすってやった。









「よかったね!島津に召し抱えてもらえるなんて大出世じゃないか!親御さん見返してやれるよ!」










妾腹だから、と正妻に男児が生まれた途端に寺に放り込むような親なんて見返してやれよ。







九州最強と謂われる戦国大名の、島津家の元で。







本当に、よかったじゃないか。









「ですが…私は漢方を学んだだけでまだまだ未熟ですし…金創医では…」







「わかっておる。それ故こやつも連れて行く。…そうだな。気が引けるのであれば匡輝の弟子ということでどうだ?」










呟いた三蔵に優しく言って振り返った久保に、え?と思う。






たけどそんな俺を気にすることなく三蔵は続けた。







「恐れながらそれならば…山本先生のもとで医者として医術の研鑽も詰めますし、武道の道で島津様にお仕えすることも叶う…ということでございましょうか?」








その言葉に、久保は笑う。







…美しく。










「あぁ。そうだ」









そんな久保に、三蔵は額が地面につくくらいに頭を下げた。












「ありがたき幸せにございます…!!」











武士に戻ることはそろそろ諦めなければいけない。






いい加減、出家しなければ。







この間、そうぽつりと悔しそうに言っていた彼を思い出して俺も貰い泣きしそうになる。









俺、こういうのに弱いんだよ。

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