第69話

無意識に俺がぎゅっと目を瞑ってしまう。






静まり返った空気に、恐る恐る目を開くと。


 





三蔵は首めがけて打ち込まれた久保の扇子を軽く上げた片手で受け止めていた。









「…やはり、な」







短く言った久保に、俺は状況が理解できない。






…何を、した?









「……鬼塚三蔵と申したな。試して悪かった。…許せよ」









三蔵の揺らぐことない様に、久保は扇子を腰に戻すと片膝をついて優しく微笑む。








いや、首なんて当たってたら大怪我だぞ、と思うと久保は続けた。







「…お前の身の熟し、それと所作を見ていたら、武家の者なのだろうと思ってな。…やはりそうか」









それに三蔵は慌てたように頭を下げた。








「いえ…!申し訳ありませぬ…!素手で止めるなど御無礼を…!」








やはりそれは無礼にあたるのか。





俺にはわからないけど、更に深く頭を下げる三蔵に久保は柔らかく微笑んだ。








「…そうではない。ただ、おのずと体が動くということは、幼き頃より鍛錬を積んでいるということだ。あれくらい止められなければ戦場では命取り。なるほど。…やはり」







久保は忠続さんと久規さんに目配せをする。








二人も頷いたのを確認すると、深く笑った。



















「お前も私に仕える気はないか。…鬼塚三蔵」

















その美しい笑顔に、三蔵は時が止まったかのように言葉を失っている。










「素性は和尚から聞いた。すまない。そなたの許可もなく。…蒲生かもうの出だそうだな?」









蒲生。





恐らく鹿児島県姶良市の蒲生だと思う。








「はい…。左様にございますが…」









三蔵が平伏したまま言うと、久保は三蔵の前に腰を落として肩に手を置く。







そして静かに呟いた。


















「——————難儀であったな…」




















彼のその優しさを現したかのような柔らかな風が、さらりと吹き抜けた。












「……そなたより若輩の私が偉そうに言えることでもないが……辛かったであろうな。



…よくこらえた」
















優しい声色こわいろを聞いた三蔵の頬に、一瞬にして音もなく涙が伝う。







実の親から家督争いを防ぐために出家するよう言われたことも、久保は聞いているのだと思う。







こんな高貴な人に優しい言葉をかけてもらえるなんてこと、普通はありえないのだろう。










 


「…単刀直入に言おう。


私は今、金創医を探している。


…私付きの、な」




 



…金創医。






つまり、医者を…?







不思議に思うと、久保は立ち上がり咲き誇る桜を見上げた。









「…私は、島津が治めるは戦無き地にしたい。


だが私はまだ若輩で…ただひとえに力不足でな。


だからせめてこの戦乱の世、戦に連れて行った家臣が傷を負ったならばすぐに治療してやりたい。


痛みを和らげ…少しでも気持ちが楽になるように」









その想像もしていなかった戦国武将らしからぬ言葉に、なるほどと思う。







だからせめて、配下の者に医者を…ということか。







それならば確かに、どこぞから呼ぶ暇もかからない。

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