第68話

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「…そうそう、それで」







「…なるほど…」








子猫たちが生まれてから、7日ほど経った。








子猫の世話をしたり、あの日結局根負けしてしまった三蔵と医療の話をしたり。







それ以外は、どうしてか「嗜みだ!」と和尚に弓をさせられて今に至る。






和尚様に座禅と弓とどちらがいいかを聞かれて、迷うことなく弓を選んだ。






座禅なんて痛そうだし。






高校大学で弓道やってたし。








「この場合はどうなるのです?」







「あぁ、これはね…」



 




今日は三蔵と二人で弓をやっていたけど、医療の話で盛り上がってその手を止めていた。






彼は人の医者なだけあって、話も合う。






本当に育ちも良く素直で、俺も漢方の知識をもらったりしていい友達になっている。








するとその時、ふと花のような上品な香りが鼻を擽った。




   




「…邪魔するぞ。匡輝」









それと共に後ろから声が聞こえて俺は振り返る。







そこには島津久保とその家臣二人が立っていた。




 




「なんじゃあ。近頃の医者は弓も扱えるのか?」








そう言いながら、俺達の足元に散らばる弓を見ている。








「…いや、珍しいであろう。お前よりうまいのではないか、久規ひさのり



 




「なんだと、忠続ただつぐ!」




 



家臣二人の歳は、俺と同い年ぐらいだと思う。






言い合いが始まりそうなのを、久保の笑い声が止める。



 

 


久保は庭に下りてくると、俺の隣に立って矢が刺さっている的を見つめた。








「…これはお前の射った矢か?」

 








「…一応…はい」








「うん。真に良い腕だ。…申し分ない。





————————なぁ。忠続、久規」








「はっ」







意味深なそんな久保の言葉に、二人は片膝をついて頭を下げる。






そんな様子に何か違和感を感じると、久保が俺に向かって手を差し出して来る。







はっとして弓を手渡すと、それでよかったようで久保は受け取って笑った。








「…先日の娘も大分良いようだな。痛みもほとんどないと申していた。和尚も安心していたぞ」





 


「よかったです。でも恐らく…痕が残ってしまうのが申し訳ないです。若い女性なのに」








「そうか…。だが命には変えられぬからな」


 








そんな久保に、三蔵が当然のように綺麗な所作で矢を差し出す。







すると彼は笑って礼を言い、受け取った。








「…ありがとう」







それに感動したようで、三蔵は深く頭を下げる。






こうやって身分の高い武将に『ありがとう』なんて言われるの…初めてなのかもしれない。









「あの者、名は松という。武家の出だそうだ。大変だった事情はあるようだが…女三人で仲良くしていてな。亀寿が侍女として飯野まで連れていきたいと申してきたから私が許した」








そう言いながら、久保は弓を引き絞る。


 



そして風を切る音がして、俺とは比べ物にならない速さで矢が飛んでいった。








 

「おぉ…」








さすが戦国武将。









俺がそう感心していると、不意に久保が静かに呟いた。
























「…お前、この私に仕える気はないか」


















 







それに、俺の思考は停止する。







…………………え、誰に言ってる?







そう思っていると、久保は俺の方を向いた。








「…行く宛もないのであろう?湧いて出たような猫の医者よ」








片膝をついて平伏している俺と目線を合わせるために同じように腰を落とし、俺の目をしっから見て彼は穏やかに笑う。








………俺?











「…お前は?弓は使えるか?」










固まっている俺に久保は呆れたように笑うと、そのまま隣の三蔵にも話しかけていた。



 




 

「は、はい…!ですがどちらかと言えば剣術の方が好きではございます」







三蔵は地面に頭が付きそうなほどほど平伏して答える。







相当身分が、違うのだろう。







すると久保はその手にあった弓を呆けている俺に手渡すと、腰から扇子を抜き取った。








そして何か考えながら平伏したままの三蔵の横に歩を進める。









どうしたんだろう、と思った瞬間。









まるで舞でも舞うかのような美しい所作で、彼はその首目掛けて思いっきり扇子を振り下ろした。

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