第66話
するとその時、外からバタバタと若いお坊さんが入ってきた。
「失礼致します、山本先生!」
若い、20代前半だと思う。
予想外なことに久保夫妻がいて、お坊さんは申し訳ありません!と慌てて平伏し頭を下げる。
…いや、そりゃびっくりするわな。
「私達に構わずともよい。どうした?何か匡輝に用があるのだろう?」
久保の言葉に、お坊さんはもう一度頭を下げて口を開いた。
「……は、はい!女子が深手を追ったようで…助けを求めて参ったのですがこの辺りには金創医がおりませぬ故、どうか山本先生に
深手…外傷か。
…それを俺に診てくれ、と。
それに少し考えるが、申し訳ない、と思う。
「すいません。俺は人の医者ではないので…」
俺は人を診ることは、できない。
「動物のお医者様とは聞いております!ですが…!何かお分かりになることがあれば…!」
獣医は人の医療は、学んでいないから。
確かに共通するところは多くあるのは獣医である俺が一番知っているけど、ただ命に関わることだから。
「お願い致します!為す術がなければそれでいいのです!」
「…でも…」
わかることはあるけど、診てはいけないんだ。
獣医師免許は医師免許とは違う。
獣医の俺ができるのは、動物の診察と治療。
人を診ることは…禁忌。
「お願い致します!私は金創の心得はなく、どうにもできないのです!」
彼のその言葉が少しひっかかかって少し考える。
"自分に金創の心得はない"。
その言い方からすると…医者なのか?この人。
「お願い申し上げます!!どうか!お助けくださいませ!!」
助けてくれ、と言われると獣医としてやれることはしてあげたいと思ってしまう。
ここは戦国時代だ。
確かに縛る法律もなければ、罰せられることもない。
…だけど。
「…匡輝」
ぐるぐると頭を駆け巡る思考を止めるようにふと呼ばれ、はっとして顔を上げる。
すると後ろから柔らかな声が聞こえた。
「—————————診てやれ」
その優しい声に、静かに振り返る。
「…猫の医者とはいえ、医者は医者なのであろう?診てやれ。お前にしか出来ぬことがあるかもしれない。…私からも頼む」
そう言って、久保は穏やかな顔で俺の傍に立った。
「…私の頼みが、聞けないか?」
命令だ、と。
暗にそう言いながら、俺の肩に手を置く久保の優しい笑顔を見ていると。
根負けしてしまう。
「…………わかりました」
気づくと、そう言っていた。
それを聞いた若いお坊さんは地面に頭が付きそうなほど平伏すと、走っていった。
しばらくして戻ってくると、おそらく二十歳そこそこのまだ若い女性が支えられながら歩いてくる。
庭にその子を下ろしかけたお坊さん達に、久保が声をかける。
「私たちの事は気にせず、中で。さぁ」
その言葉に、皆が頭を下げて部屋に上げる。
着物の上からもわかるほど、二の腕をばっさりと切っている。
人は確か二の腕の内側辺りに上腕動脈があったはずだと思うが、外側寄りだしおそらくこの出血量ならば動脈は無事だと思う。
「…何の傷ですか、これ…」
まるでメスで切ったような、すぱっと切れた傷口だと思う。
いや…大体想像はつく気がするが。
すると。
「…間違いなく刀傷でございましょう。傷口が綺麗で深うございます。ただ幸いなことに出血はそこまでではないかと。顔色も悪くはありませぬ故」
さっきの助けを求めてきた若いお坊さんの的確な言葉を聞きながら、傷口をじっくりと見つめる。
確かに、綺麗な切れ口。
…これはいけると思う。
「………綺麗な水と、布。あとお酒ありますか?焼酎みたいな度数の高いもの。ないなら綺麗な水を沸騰させてください」
「……はい!」
とりあえず近くにいたお坊さんに声をかける。
消毒は絶対に必要で、車にはあると思うが取りに行く暇が惜しい。
お坊さん達がわらわらと走って、用意してくれる。
水で綺麗に洗うと、やはり縫合した方が傷の治りも早いだろうし、剥き出しよりは感染も防げていいと思う。
着物を捲ろうとした手をふと止める。
…いや男の俺がやっちゃだめだよな。
そして周りを見回すと、俺よりも先に声を上げた人がいた。
「もし、殿方の皆様方。少し…お外しくださいませぬか?」
それの声の主は亀寿姫で、助かる、と思って俺は頭を下げる。
「…あ、あなたは…ちょっと手伝ってもらっていいですか」
助けを求めたお坊さんに声をかけて引き止める。
彼は恐らく、多少なりとも医術の心得がある人だと思って。
「…畏まりました」
そして鮮やかに男性陣を遠ざけた、亀寿姫が女性の隣にやってきて、声をかけてくれる。
「…きっと少しの辛抱です。少し、捲りますね」
さすが、武家のお姫様だとは思う。
綺麗な打ち掛けを脱ぎ捨て、その子の袖を捲ってくれる。
「ありがとうございます!」
その傷口に焼酎をかけて消毒をする。
ついでに縫合の器具も消毒の焼酎に放り込んだ。
「こ、これは…?」
もちろん、未来の手術器具だけど説明する時が惜しい。
「傷を縫う道具です。急ぎましょう。そこに鋏があるでしょう?俺が縫いますから、それで糸を切ってください」
驚く彼に、早口でそれだけ言う。
「…心得ました」
「お願いします。…少し痛いですけど、頑張れます?」
マジで持ってきててよかった。
自分のビビリのおかげだわ…ともはや感謝しながらも、縫合糸を針にかけながら女性に声をかける。
頷いてくれたのを確認して、さらに幸いなことにあった経皮の局所麻酔を施す。
そして深く息を吸うと、持針器を持つ手に力を込めた。
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