第64話

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俺は、帰れるんだろうか。





令和に。








そんなことを考えながら、桜が綺麗だな、と思って息を吐く。






間違いなく満開。






はらはらと部屋の中に惜しげも無く花弁が舞い込んで来るのを見ながら、数日前ここに来た日には動揺しすぎて気づかなかったが、季節まで違うじゃないかと落胆する。






俺がいたのは…令和の9月の頭だったはずなのに。






ここは春真っ盛り。







そして。








「本当に可愛いですね」







「あぁ。目が開いたのだな」









俺が取り上げた猫たちを愛でにちょくちょくやって来る高貴な来訪者に、やっぱり緊張する…と思って小さく息を詰めた。








ありがたいことに、俺はこの皇徳寺に置いてもらっている。

    





話に尾ひれがつき、猫を取り上げた神がかった医者、という壮大なことになってしまっている。






非常に困る。






そして和尚様から着物も借りたけど、高校時代弓道をやってたお陰で着方もわかって、本当によかったと思う。


  




和尚様、俺の尻を叩きはするが何だかんだかなりいい人。












「こんなに小さいのは久しぶりに見たな」







「えぇ。とっても元気そう」







そして今、俺の目の前では美男美女の膝の上を2匹の生まれたての子猫達がみーみー言いながらよじ登っている。

 

 





二人はそれを満面の笑みで眺めている。







茶トラ白と、三毛猫の兄妹猫。






目が開くのは生後10日ぐらいかと思っていたが、何故か4日で開いてびびった。





…戦国時代の猫は早いのだろうか。





なんて俺も獣医師としてまだまだ経験不足だと思い知る。









「…子猫達は問題なさそうか?匡輝」







「はい。ちょうど出産したばかりの他の猫が母乳をくれたので助かりました」







「まぁ、よかったですね」  







その綺麗な笑顔を見ながら、受け入れるしかないのだと思う。







俺の身に起こっている…タイムスリップというありえやいはずの現実を。








寝て起きても、変わらない景色。







そして目の前で猫を可愛がっている…島津久保公と、その正室の亀寿姫。







子猫達を見つめる仲睦まじい姿を見て、思う。







これが俺の目の前に広がる現実、なのだと。







 



「ここには…御静養で来られたのですか?」








それを受け入れるようにふと尋ねる。







ここ、薩摩の皇徳寺にどうして?







するとどうしてか久保は困ったように笑った。







「…あぁ。もとは義父上様に進められて福昌寺にまいっていたのだが」






ちちうえ、様というのは。







その言い方からして恐らく、島津義久のことだ。






そして…福昌寺。





そこは島津家の菩提寺なはずだ。








「そしたら、福昌寺の和尚からここ…皇徳寺が桜が綺麗だと教えてもらってな。城に戻る前にゆるりと遊山に参った、というところだな」


 






後に彼自身の菩提寺となるこの永谷山ようこくさん皇徳寺。






こういう繋がりがあったのかと思う。







…そして新婚旅行みたいなもんか?

  





近いけど。






坂本龍馬夫婦より遥かに昔の、新婚旅行。



 



なんて考える。









「城に戻ると、忙しくなるからな」

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