第62話
その名前に、思考が止まる。
それは俺が、子供の頃からどうしてかわからないけどずっと追いかけていた名前。
というか、さっき助けてくれた人…!
意識が飛びそうなのを堪えて、上から下まで凝視する。
身長もすらりと高く、前髪は上げていわばポニーテールに綺麗な髪紐で結い上げていて。
くっきり二重で目鼻立ちの整った、間違いなく現代にも通用する美しい顔立ち。
そして品のある紺色の直垂に、さっきも見た立派な刀。
本当に。
島津、久保…?
ぼうっとして口をパクパクしていたら、和尚様にもう一度尻を叩かれて、慌てて地面に正座する。
「島津太守様じゃと申しておろうが!たわけ!控えよ!」
「あぁ…いいのです、和尚。それにその呼び方はまだ身に余りますので…」
否定している姿を見ながら、頭が混乱する。
島津太守…?
本当に?
島津太守とは、島津宗家の当主の敬称のこと。
つまり分家まで山程ある島津家において、そのトップである宗家の、さらに頂点の人物がそう呼ばれているということだ。
簡単にいうと、島津宗家の当主=
ん?
島津久保は…島津本宗家の次期当主のまま、正式に家督を継ぐ前に死んでいったはずだけど。
今、既に。
—————————島津太守?
ということは、すでに島津宗家の…当主?
俺の知ってる歴史と、何か違う。
なんて考えつつもバクバクと脈打つ心臓を感じながら、やり方なんて知らないけど、とりあえず土下座する。
「すいません…!とんだご無礼を!!さっきは!!助けていただきありがとうございました…!」
いや、俺は打首レベルかもしれない。
目の前にいるのは、島津本宗家の御曹司の島津久保。
助けてくれたその恩人にも関わらず、生まれたての猫を押し付けた挙げ句…布で擦って温めさせている。
間違いなく、この人の一言で俺の首は飛ぶ。
そのくらいの、高貴な人。
「…よい。面を上げよ」
想像に反して優しい声に、ゆっくり顔を上げると。
久保公は隣の女性に子猫を手渡して俺の前に腰を落とした。
「…もう大事ないのか。そなたこそ」
「多分!はい!」
それでも俺を心配してくれる久保公に、俺は泣きたくなってただ土下座する。
そんな俺に、彼は『もう一度面を上げろ』と言わんばかりに柔らかく俺の肩に触れた。
「それならばよかった。…真に礼を言う。…戦続きで…先ほど先の戦で亡くした家臣の弔いをしたところでな。猫とはいえ…小さな命が救われるところを見ることができ少し心が安らいだ…」
その言葉に、そっと顔を上げる。
先の戦、となると。
「…………九州…平定…ですか」
小さく聞いた俺に、久保公は柔らかく笑った。
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