第60話

「誰か血、見ても大丈夫な方いますか」







「は、はっ!」







「駄目な方は離れてください!」








そう叫んで返事をしてくれたお坊さんに母猫を押さえさせて、メスを当てようとしたその時。






ずるり、と羊膜に包まれた子猫が母親の体が出てきた。









子猫は。







…まだ、動いている。



 







「お湯と布です。お借りして参りました」







「ありがとうございます。そこに置いててください」







お湯を差し出してくれた女性にお礼を言って手早く子猫の入った羊膜を破り。





俺のビビリのお陰で往診バッグに入っていた縫合糸で臍の緒を結紮して切る。






そしてお湯でその体を洗って口を開け、片手に 収まる小さな身体を振って羊水を吐かせた。











「何という…医術…」







「頑張れよ!!」








頑張れ、と励ましながら何度か振ると、小さな鳴き声が聞こえた。









「おぉ…!鳴いたぞ!」





 






お坊さんたちの声に、よかったと思う。







「よし!この子、お願いします!布で擦って温めてあげてください!」







とりあえず近くにいた人に子猫を渡す。








母体が息をしていない以上、時間との勝負。








そのあと直ぐにあともう一匹だけ出てきてくれて同じように羊水を吐かせながら、俺は心が痛む。








猫は通常、4〜5匹くらいは妊娠する。







恐らく…これで全部ではない。







今からでもお腹を開いて、要は帝王切開の要領で取り出すことはできるかもしれないが、ここは獣医療の発達している令和ではない。






そして何より…母体がすでに息をしていない。









お願いします、とまた近くの人に2匹目も手渡して、俺は手を止めた。









獣医としていろいろな事をかんがみて…これ以上は母猫がかわいそうなだけだと思う。



 








みーみー、と2匹の小さな猫の鳴き声が響く。








それでもよかった、と。







生まれてきてくれた尊い小さな命に、獣医としてただ思う。










「赤ちゃん…全部じゃないけど頑張って生まれてきてくれたよ。…お疲れ様」



  




俺はもう動かない母猫を撫でてやりながら声をかける。







お腹を開く前に、例え2匹でも産んでくれたのは…母猫の最期の頑張りがあってこそ。

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