第58話
「そなた…大丈夫か?」
「…何がですか?」
そう聞き返すと、和尚様は哀れむ様な目で俺を見て来た。
「……ここらで若様といえば島津の若様に決まっておろうが。
…他にどなたがいらっしゃる」
そう言われて、ふと視線を上げる。
島津、か。
だけどそれは驚きはしない。
だってここ…鹿児島のど真ん中だからな。
鹿児島の戦国大名は島津家。
そんなの当たり前だ。
「…すいません…島津のどなた…ですか?」
島津の若様なんてアバウト過ぎる言い方じゃわからん、と思ってそっと聞いてみる。
九州最強の戦国大名と呼ばれる島津家は、『
すると和尚様は呆れたように呟いた。
「ここは島津宗家の本城である
ここで若様といえば御宗家の若様に決まっておろうが。
やはり頭でも打ったのか?」
それに俺はぴたりと動きを止める。
島津宗家の…若様。
宗家とは、簡単に言ってしまえば当主の家柄だ。
この頃の島津の当主が誰かとなると。
…島津義久か。
宗家の若様?
つまりは義久の息子か?
ん?
義久の…………息子?
島津義久って確か娘しかいないんじゃなかったっけ?
そこまで考えて、思考が止まる。
いつのまにか和尚の腕の中から抜け出した猫が、俺の膝に陣取っているのにも気づかないほどに。
「…もしかして……島津の若様…って…」
彼しかいない、と思う。
…間違いなく。
「…だから、宗家の若様の島津久保様だと申しておる。
そなたここらの者ではないのか?
南九州の人間なら誰もが知っとるぞ」
その和尚様の言葉にまさか、と思って落胆する。
——————島津久保。
その名前に、驚きというか感動というか、いや…もはやよくわからない感情がどばどばと降ってくる。
そんな。
そんなことって、ある?
「……嘘でしょう?!」
さっきまでというか、タイムスリップするまでは、会ってみたいなぁ…なんてあれだけ考えていたのに。
「嘘ではないわ。たわけ。何と畏れ多いことを」
噛みつかんばかりの勢いで言うと、和尚様は呆れたように呟いた。
「…全く、若様が慈悲深い御方ゆえ、命拾いしたというものを。怪しいと斬り捨てられても文句は言えんところじゃったぞ、お主」
そんな言葉がしっかりと耳にも入ってこないくらい、落胆する。
…マジかよ。
尊敬していた戦国武将に助けてもらったなんて、一生の恩。
お礼言って、欲をいえばもっと顔よく見とくんだった。
テンパりすぎてなにも覚えてない。
相変わらず自分の運のなさに項垂れていると、バタバタと足音が聞こえてきた。
「何事じゃ?」
和尚様もそれに気づいたようで走ってきた若いお坊さんにどうしたのかと聞いている。
「はい。それが母猫はもう…」
「なんと…!!」
俺が項垂れているのを尻目に、和尚様が立ち上がって部屋を後にする。
ぽつんと一人残されて、冷静になる。
猫?
猫って言ったか?
そう思って、少し迷ったがそっと立ち上がって和尚様が走って言った方へと足を踏み出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます