第56話
これって。
おかしい、よな?
座り込んで着ているスクラブのポケットに手を突っ込んで、スマホを取り出す。
圏外の表示に発狂しそうになる。
頭を掻き毟って項垂れた。
おかしい、どころじゃない。
こんなの、あるわけないじゃん。
そう思ったとき、目の端に銀の閃光が光った。
「…何者だ」
その生々しい金属音に、血の気が引く。
それは大河ドラマなんかで聞くよりも、もっと重厚感のある音で。
ゆっくりと顔を向けると、顔の横に銀色の刀身があった。
言葉が出ない、というのはこういうことだと思う。
「…どこぞの間者、か?」
そう聞いてきた男をちらりと見ると、俺と同い年ぐらいな気がする。
そう思ったのも束の間、頭を殴られたような衝撃が走った。
…着物。
というか、
てか…武士?
本気で吐き気がしてきて、突きつけられた刀なんてどうでもよくて口元を押さえて背を向ける。
「…どうした
もう一人、別の若い男の声が聞こえてくるが余裕がない。
「は。怪しき男がおります。若と御方様はお下がりくださいませ」
「怪しい男…?」
そんな声にどうにか振り返ると、馬、と思ってやっぱりひっくり返りそうになる。
軽々と馬から下りたその人は、刀を突きつけてきた男よりも幾らか話が分かりそうなやつだと混乱する中でも思う。
その人の腰にある立派な刀に卒倒しそうになるけど、なんとか耐えて呟いた。
「…今…」
「…ん…?」
「…今って………何年…でしょうか…」
吐き気と共に背中に冷や汗を感じながらも声を絞り出すと、少し躊躇ったようだったが、その人は静かに答えてくれた。
「今は…天正17年だが…」
「若っ!!」
すかさず止めに入った、さっき忠続と呼ばれていた男の声なんてどうでもよく。
ただ心臓の拍動が激しくなる。
天正。
———————————天正17年。
それに、息を呑んだ。
———————————1589年。
…戦国時代。
「それがどうかしたか…?」
至って何でもないことのように落とされたそんな声に、答える余裕なんてない。
歴史が好きだったことが皮肉にも、こんなにも功を奏す日が来るとは。
苦笑いして、もう一つ聞く。
「…ここ…は…何と言う所ですか…」
「…ここ?…あぁ、薩摩の皇徳寺…だが?」
それに、全て理解する。
タイムスリップ。
そんな…小説か映画以外ではあり得ないと思っていたことが目の前に広がっている、と。
「若!危のうございます!」
若、と呼ばれたその人がしゃがみ込んだ俺の背を支えてくれる。
「そなた、いかがした!大丈夫か?!」
答える余裕なんてどこにも、マジでどこにも1ミリもない。
「寺から人を呼んで来い!急げ、忠継!」
「し、しかし…!」
「早くしろ!!」
「はっ!!」
走り去る音を聞きながら、背中を擦ってくれるその手の温もりをぼんやりと感じる。
「…もう少し辛抱しろ。人を呼ばせた故…」
…この人、なんかめっちゃいい人。
明らかに怪しい風程の俺に部下を怒鳴りつけて、ここまでしてくれるんだから。
そう思った瞬間に、安心したのかふわりと体の力が抜けた。
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