第54話

「…お、猫…」








ふと皇徳寺跡に入っていく茶トラ白の猫を見て、俺はコーヒーをすする。








島津久保の命日に彼の菩提寺である皇徳寺跡で、久保が可愛がったと伝わる茶トラの猫を見れるなんて。







めちゃくちゃロマンだな。








なんて思いながら晴れ渡る空を仰ぎ見て、なんか眠くなってきた気もして静かに息を吐く。








島津久保は薩摩藩初代藩主・そして島津家18代当主島津忠恒の兄だった。






いや、この頃は忠恒ではなくもう家久か?





まぁいいか。






この島津忠恒の現代に伝わる評判はすこぶる悪く、元々兄の久保に仕えていた家臣たちが久保の死後、弟の忠恒に仕える事になった時…何人も逃げ出すものが続出したという。








そして何より。






可哀想なのは久保の奥さんだ。







彼女は久保の死後、望まぬ結婚を余儀なくされた。







…久保の弟である忠恒と。






忠恒と彼女の夫婦仲は最悪だったというのは戦国史の中でも有名。







前夫ぜんぷの久保とは本当に仲睦まじい夫婦だったらしく、今彼女のお墓は久保の傍にある。












 

…それがどうしてか、よかった、と。






心から救いに思う。










『島津久保が生きていれば』









皆がそう言ったのだろうと思う。








歴史にifは、絶対にないが。







…もしも島津久保が朝鮮で死んだりせず生きて戻っていたなら。







彼は間違いなく薩摩藩初代藩主になっていた男。










どうしてか惹かれる。









…会ってみたい。











なんて、無理なことを思う。










寂れた看板だけが残るこんもりとした山を見上げて、息をく。








命日だし、とっとと仕事終わらせて、思い切ってこのあと久保のお墓参りにでも行くか。











そう思って車のシフトレバーに手を置いた瞬間。









不意に頭痛がして眉を顰めた。










「…痛…っ…」








疲れてるのかな、と思うと同時に突然眠気まで襲ってくる。



 






え、どうしよう。








脳出血とか、じゃないよな?







なんて思っていると、不意に人の声がした気がする。



















『……まさ……』


















若い、男の声。


 














『……まさ……………き……』
















…俺の名前…?













『……ち…まさ…』 




 











かと思うと、違うようにも聞こえる。








頭の中で直接聞こえるような声に、嫌でも意識が集中する。















『………親匡…!!!』


















そうはっきりと聞こえた瞬間に、突然に蝉の声が大きく聞こえた気がして。










その瞬間、俺は意識を手放した。

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