第48話

満開の桜の下に立ち竦む彼を見つける。







空が見えない程の桜花を見上げる後ろ姿は、どこか淋しげで。







そっと打ち掛けを脱ぎ捨て草履を履いて歩み寄り、その後ろに立つと。






久保様は振り返ることなく呟いた。








「…美しいな」








彼は手を伸ばし桜にそっと触れる。






それは壊れ物を扱うかのように、優しく。







「…はい」







ふと垣間見えだ横顔が沈んでいることに気づいて、私は小さく呟いた。








「…ご供養…できて良うございましたね」








振り向かない久保様の背に、私はそっと続ける。








「これだけ桜の美しいお寺でご供養すれば…亡くなった皆の慰めにもなりましょう…」









久保様は先ほど和尚様に、先の九州征伐で死んでいった大切な家臣達の弔いを頼んだのだった。



 




満開に咲き誇る…その中で。








そしてそのまま彼はこうして桜を見上げていた。








きっと。






まだ彼の中であの戦が燻っている。







島津が、豊臣に負けた戦。






手にしかけた九州が、遠のいてしまった。






そして何より…

 





……多くの大切な家臣達を亡くしてしまった、あの戦が。









「…そうだといいが…」









少し不安そうに言った彼のその背に、私はそっと額を預けた。





 


「…どうした?」







驚いたような久保様の背に手を添える。







これから島津の全てを背負っていく、その背に。










「…久保様がそうお心を砕いてくださること…きっと皆に届いております。私はそう思っておりますから…」










その九州征伐を払拭するかのように家督を継いだことで、彼の中に責任のような物が生まれているのかもしれない。






 

だけど、もう。









「…だからもう…そんな悲しいお顔をなさらないで下さい…。きっと皆もそう申しております」



  




笑って、ほしい。




 


皆を安心させる…その優しい笑顔で。




  


  




「…皆が命をして守ってくれたこの島津を…これからはどうか明るく率いてください。



—————それは貴方様にしかできませぬ」














その痛みを知る、貴方にしか。






その心に傷をつけないようにそっと言うと、彼は頷いて俯きがちに微笑む。





 




「…そうだな。そなたの言う通りだ」




    





そして私にそう呟いた久保様は、一つ息をくと、ふ…と空を仰いだ。

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