第47話
——————
さすがは曹洞宗大本山総持寺の末寺。
入って、その大きさに目を奪われる。
「……これは圧巻、だな」
通された一室から、堂々たる七堂伽藍に咲き誇る桜を見て久保様が呟いていると、皇徳寺の和尚様がゆっくりと現れた。
「お待ち申し上げておりました。太守様、御方様。福昌寺の和尚めから、聞いておりますかな?」
優しく笑う和尚様に、私と久保様は小さく頭を下げる。
そして久保様はすぐに苦笑いした。
「太守など…おやめください。まだ家督を継いだだけですから。それ故私ごときではあまり箔はつかぬと思いますが…」
「いえいえ。この
にっこりと笑った和尚様に、笑い返した久保様の目がふと釘付けになる。
どうしたのかしら、と思うと。
和尚様の袈裟の中から小さな鳴き声が聞こえた。
「おや、起きてしもうたか」
もぞもぞと動くと、ひょっこりと顔を見せる。
「すみませぬ。書き物をしていたら私の袈裟の間で寝てしもうていて…そのまま連れてきてしまいましてなぁ」
その毛玉のような白い体から、黄色く丸い目がこちらを向いた。
「まぁ…!」
なんとも、愛らしい。
和尚様の袈裟から、もぞもぞと這い出てくる。
「…数年前大切な経典を鼠から守るために能登の本山から貰い受けた猫が子猫を産みましてな。それからあれよあれよと増えておるのです。愛らしい故よしとしておりますが。そのうち猫寺と呼ばれるのではないかと按じております」
私と久保様の前にやってきて、久保様の膝に顔を擦り寄せるとゴロゴロと喉を鳴らした。
「…どうした?ん?」
久保様は、満面の笑みで猫に手を伸ばす。
そういえば…猫、とてもお好きだったはず。
擦り寄った猫は堂々と久保様の膝によじ登り、どすんと座った。
「おや、御方様の前で若様のお膝を横取りするとは。肝の座った猫じゃの。こやつは雌でございますからな」
「まぁ。それは許せませんね」
ほほほ、と笑った和尚様に私も冗談交じりで笑う。
久保様に撫でられている白猫は、気持ちよさそうに目を細めている。
「…前は飼っていたのですが、京に上ってからはめっきり」
猫はお好きだとは聞いていたが飼っていたのだと初めて知る。
また一つ、彼のことを知れたと思う。
「真に…島津の姫君と若様が上洛までなされたと聞いた時には…ひっくり返りそうになりました。難儀でございましたなぁ…。御苦労様にございました」
柔らかく微笑んで私達に深く頭を下げる和尚様。
久保様はただ首を横に振った。
「…本当に…私は何もできなかったのです。多くの家臣たちの命と引き換えに、生かされただけ…」
久保様は淋しげな美しい笑みを浮かべて猫を撫でる。
そんな彼を見た和尚様は、静かに口を開いた。
「…生きてくださることが、希望なのですよ。若様…」
目を細めて微笑むと、久保様を見つめた。
「次の御当主になるべき御方が生きておられてこそ…新しき時代が始まるのです。そのために御家中の皆様…戦われたのでしょう。次の世へ希望を見出す為に…」
新しい時代へ。
次の世を創る、次期当主が生きていることこそが…希望なのだと。
「そしてその希望が花開き、島津御一門様は新しい門出を迎えられた。喜ばしい御婚儀と共に」
にっこりと微笑む和尚様に、久保様も小さく笑みを浮かべる。
「…そう…言ってくださいますか…」
「えぇ。真に…御苦労様にございました。心ゆくまで…何日でも構いませぬ。ゆるりとご逗留くださいませ。ここは…俗世を忘れてよい所にございますからな」
そう笑った和尚様に、少し考えていた久保様は静かに呟いた。
「…和尚。ひとつ、お願いがございます」
おや、と目を丸くした和尚様に呼応するように、久保様の膝の上にいる猫がにゃあ、と鳴いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます