第46話

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「しっかり掴まっていろ!」









私はどうしてか、皇徳寺までの道は久保様の前に乗せられていた。








「…わ、私も馬ならば一人で乗れます!」








掴む所がなくて、久保様の腕に掴まる。









「そうなのか?すまない、知らなかったなぁ」









その軽い言葉に、絶対嘘だと思う。








武家の娘が乗れないわけがない。


 





それを久保様が知らないわけ、ない。









彼は片方の手で手綱を握って、そして時折片腕で私が落ちないようにしっかり抱き寄せる。







それが恥ずかしくて仕方ない。







そしてこの人、どれだけ器用なのかしらと本気で考える。

 









「若!お待ち下さい!」








「若ぁぁぁぁ!!」








後ろから忠続殿と久規殿が追いかけてくる。







久規殿、素面しらふなのに叫んでるわ、と思うと、久保様が少し悪戯に笑った。






 



「…振り切るか」







「えっ?!」








「…あいつら、本当に空気が読めない」








小さな呟きを聞き返すと、久保様は馬の腹を蹴る。


 




さらに速さが増した馬の足に、風を強く感じた。


  





それが、少しずつ心地よくなってくる。







思えば久しぶりに、馬に乗ったかもしれない。









「…寒くはないか?」









「はい…!」




  










「えっ?!ちょ…!若!!!」







「若ぁぁぁぁ!!!何故そのようにお急ぎにぃぃぃぃ!!!」









後ろから叫ぶ二人の声に、笑ってしまう。








「いいのですか?!」



  




「いい!」








風を切る中、声を張り上げて返してくれた彼のその楽しそうな顔は、幼く見えた気がして。







私まで、楽しくなってくる。


  






…こんなに自由に外を走ったのは、いつぶりだろう。









お慕いする人とこれから共に生きるこの世界を、ただ颯爽と馬で走り抜ける。








その幸せな解放感に、思わず笑みが溢れる。









 


すると久保様が馬の手綱を引いた。








ゆっくりとした歩みになった馬に、どうしたのだろうと思うと。









不意に手綱を持ったまま後ろから抱きしめられた。








「久保様…?いかがなさいました…?」








「…あいつら…少しは気を使え…」









その言い方が幼くて、思わず笑う。






ゆっくりと歩を勧める馬に揺られながらもその腕に手を添えると。







目の前に桜色が広がった。







「…ここか」








久保様がそう呟いた時、ものすごい速さで後ろから馬が走ってくる。






私達が止まっているから、二人は思いっきり手綱を引いた。









「わぁぁぁ!危ないではないかぁぁ!忠続!」









「お前のほうがな!」



 






二人の馬がぶつかりそうになり、叫んでいる。







久保様は後ろから突っ込まれないようにしっかり手綱を引いて馬を反転させたのは、見事で。







側近二人のやり取りを見て、彼は無邪気に笑っていた。

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