第二章〜邂逅〜

第45話

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「……皇徳寺こうとくじ…?」









「えぇ。ここから三里程南にある我が福昌寺と同じ寺格の寺でございます。そこも我らが曹洞宗の御本山・総持寺そうじじの末寺なのですが、それはもう桜が美しくてですな」








和尚様と久保様の会話を、数珠を片付けながらぼんやりと聞く。








「…桜…ですか」








久保様は呟くと、壮大な福昌寺の庭園に咲く桜を見ていた。








祝言から3日後。







私と久保様は福昌寺を訪れていた。







———————玉龍山 福昌寺。







九州屈指の大伽藍がある曹洞宗の美しいこの寺院は、島津家の菩提寺。







ここに眠る歴代の御当主様に、この婚儀が恙無つつがなく終わり、そして家督相続も無事に成ったことを報告してくるようにとの父上の勧めでもあった。










「…ここも充分美しいですが」







「ほほほ。そうでございましょう?」








久保様に褒められて嬉しそうな和尚様に、私は小さく笑う。








「私は皇徳寺の和尚とは旧知の仲でですな。あやつが申しておるのです。島津家のこの喜ばしい御婚儀を待ち侘びたように皇徳寺の桜達が咲き誇っておると」



 







御先祖様に報告を済ませ、帰路に着こうとしていた私達に和尚様が是非にと勧めてきたのが、桜が咲き誇るという皇徳寺だった。









「…まぁ、要はあちらの和尚が、島津の若殿御夫妻に自慢の桜を見せびらかしたいのでございます。島津家の御当主がご覧になった桜がある寺だと、それはもう箔が付きますからな」







冗談めかして言った和尚様に、久保様は屈託なく笑う。








「私ではまだあまり箔はつかぬと思いますが…」







「なんの。充分過ぎるほどです。あやつめ、我が福昌寺に負けとうないのです。ここは島津様の菩提寺故ちっとやそっとじゃ勝てませぬからなぁ。若殿御夫妻の御婚儀が内城であると聞いて、是非ともお迎えせねばと小躍こおどりしとりましたわ」







和尚様の冗談に笑う久保様の声を聞きながら、私は刀を持って彼の隣に立った。







「いかがなさいます?皇徳寺様をお助けに参りますか?」








私から刀を受け取った久保様は、腰に差しながら少し考えている。





 



「…どうしたい?亀寿。私は構わぬが…日向まで遠回りになるから、きつくはないか?」








こんなことですら私のことを優先して考えてくれるのだと、嬉しくなる。








「是非、見てみとうございます」








美しい桜なら、久保様と共に見たい。



 





「そうか」








私達の会話を、和尚様は微笑ましそうに見ていた。








「ほほほ。では、決まりでございますな」








広大な境内を歩きながら、和尚様は久保様にぽつりと呟いた。







「ほんに…京からお戻りになられて良うございました。御苦労が絶えなかったことでございましょう」








それに、久保様は寂しそうに笑って首を横に振った。









「…私の苦労など…死んでいった家臣たちに比べれば…」










その表情が少し曇ったような気がしてふと心配になると、和尚様もそんな彼に気がついたのか小さく呟いた。











「…うむ。やはり皇徳寺はちょうど良うございましょう。心の御静養は、大切にございますれば。あちらの和尚には私から伝えておきます故、桜見物のついでにあちらでゆっくりと休まれませ」

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