第44話
「…はい…」
なんて、優しい約束なのだろうか。
言葉にならず彼の腕の中で瞳を伏せると、熱い涙が零れ落ちる。
「例え今生で死に別れてしまったとしても…生まれ変わって…また今日のようにお迎えに来てくださるのですか…?」
『春に…必ずお迎えに参ります。
だから…待っていてください…』
あの夏の堺で別れたときに言ってくださった久保様の言葉を思い出して。
涙を隠すように少し戯けて見せる。
すると久保様も頭に浮かんだのか、私を腕に抱いてはいるけど少しはにかんだのがわかった。
「…あぁ。もちろんだ。…必ず迎えに行く」
ただどこまでも優しい声に、とめどなく涙が零れ落ちる。
「だから…何度でも、私と
夢のような幸せなその言葉に、ただ頷くことしかできない。
なんて、幸せな約束を。
交わしてくださるのでしょうか。
「……亀寿は幸せでございます…。久保様…っ」
そして何度でも、貴方様とこんな約束の日を迎えることができるのなら。
ただ…幸せで。
彼が、優しく頷いて私の頭を撫でる。
「…それならば…私も貴方様との修羅の道…何も怖くはありませぬ…」
この優しい人が、修羅となり得るのだろうか。
島津を守るために。
それほどに、貴方の背中に在る西国九州全土を手中に治めかけた島津宗家の当主の名は重く、
それを支えたい。
少しの力にしかなれなくても。
…貴方様を守るためならば、私も修羅になると。
誓う。
「…そなたはそのままでいい」
私の思ったことが分かっているかのような言葉に、思わずその顔を上げる。
「…そのまま……ただ傍にいてほしい。
————————堕ちるのは私だけでいい」
笑みのない強い瞳が私を見下ろす。
その端正な顔に、いつか見た彼の纏う島津の十文字に浮かんだ龍のような、雄々しさを見たその瞬間に。
そっと唇を重ねられる。
突然のことに、息が止まりそうなほどに鼓動が速くなる。
静かに離れると、久保様は瞳を伏せて私の後頭部に手を添えたままそっとその額を私のものと合わせた。
「…漸く手に入れた私の姫…。…もう離さぬ…」
その言葉の意味を私が理解する前に、彼はもう一度軽く唇を重ねると軽々と私を抱き上げる。
「…ひ、久保様…お待ち下さい…!」
「…もう充分待った。私がどれだけ待ち侘びたと思う」
彼は早口でそう言いそのまま後ろの部屋に入ると、御簾を荒々しく撥ね退ける。
そして褥の上に私を下ろした。
「…さっきは宗家の姫にそんなことはできないと言ったが…」
彼はそっと私を褥に押し倒す。
その手が守るように私の後頭部に回されていたけど、見下されて息を呑む。
「…もう…私の姫、だから…」
声が低くて、さっきからいつものあの優しい笑顔がなくて。
それに、思い知らされる。
二つの歳の差なんて関係なくて。
大人の男の人、なのだと。
目の前にいるのは、いつもの凛とした品行方正さを投げ捨てた…もう一つの貴方様の姿。
それでも優しく唇を奪われて、目を閉じる。
「…亀寿…」
合間に呼ばれる名に、身体に甘さが走る。
こんなにも貴方様を乱せるのが私だけだとしたら…それは。
「…嫌では、ないか…?」
久保様はふと唇を離して、生まれて初めての甘い熱にぼんやりとしている私に、優しく聞いてくれる。
…優しいひと。
「……嫌なわけがありませぬ…」
私の顔の横に突いたその腕に、そっと触れた。
「…夢のようでございます…。
早く…全て貴方様の妻に…してください…」
そう言い終わると同時にもう一度降ってきた口づけは、先程よりも激しく、甘い。
口づけながら荒々しく私の帯を解くその熱い手に、どこまでも触れられていたいと思う。
こんなにも、貴方様を乱せるのは。
私だけで在りたいと…浅ましく、思う。
これが恋情だとするなら。
女の修羅の道には堕ちている。
久保様に深く愛されながら、ぼんやりと瞳に桜が映る。
落下流水の契を交わした今宵は。
—————桜の盛り。
これから桜を見る度に、きっと何度でも思い出すのでしょう。
胸を焦がす程の恋を知り、そして彼の深い愛に抱かれたこの夜を。
そしてこの桜に誓う。
その約束を胸に、どこまでも。
——————貴方様を愛していく、と。
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