第42話
久保様は苦笑いする。
それに私も、笑い返す。
「…それならば私も…愚かな女でございます」
首を傾げた久保様に、私は涙を隠すこともせず笑う。
「その貴方様の妻になれたこと…心から幸せに思うのですから…」
貴方様と夫婦になれたこと。
本当に。
幸せで。
島津宗家の娘に生まれ、戦乱の世で家督相続の波に絡められ。
諦めていたこの己の生まれ落ちた世界で。
—————————初めての恋を知った。
「亀寿殿…」
久保様が、壊れ物のように私の名を呼ぶ。
それが…ただ嬉しくて。
「…亀寿、とお呼びください。
…私はもう…
—————————貴方様の妻にございます」
そう言うと、久保様は少し照れたように笑う。
そしてその綺麗な顔が近づいてきて、高鳴る鼓動が彼に聞こえてしまいそうで俯く。
「…亀寿」
甘く低い声で名を呼ばれ、ぎゅっと目を瞑ると。
彼はこつん、と私と額を合わせた。
「…ずっと…会いたくてたまらなかった…。
この春を…
この日をどれだけ待ち侘びていたことか…」
私にしか聞こえない程の、甘い囁やき。
それは何にも勝る…恋の言葉。
「幾久しく…よろしく頼む」
その声が少し、揺れて聞こえたのは…気のせいでしょうか。
「…私も……ずっとお会いしとうございました…」
あの堺で別れた夏の日から、どれだけこの日を待ちわびていたか。
…こんな甘いひとときを、どれだけ夢見たことか。
「…幾久しく…お傍に置いてくださいませ…」
ずっと、お傍にいたい。
頷いた久保様はそのまま私をその腕の中に引き寄せて、少し戯けるように笑った。
「…ずっと…こうしたかった…」
抱き締められている。
そう理解した瞬間、高鳴る鼓動の中でその胸に頬を寄せて…私も小さく笑う。
あぁ。
お慕いするひとの腕の中は、こんなにも幸せなのかと。
ただ…温かくて、優しくて。
心地よくて…瞳を伏せた。
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