第36話

そっと久保様を見ると、まさか、と言う顔で俯いている。 







するとそんな様子を見ていた父上が久保様の杯に酒を注いだ。



 


 



「そっとしとけ。そのうちけろっとして戻ってくるわ。気づかぬふりをしてやってくれな、久保」







久保様が会釈をして杯を受ける。








「お前がここまで立派になるのを…待ちわびておったからの。親の性じゃ。今だから言うが、実はお前の元服のときも酒の後泣いておったわ」








それを聞いて、久保様は少し困ったように、だけど綺麗に笑った。









「…わかりました。ただ、猫と戯れておられるだけですね」









本当に、いい義父上様。







大切な息子の祝言に、感涙するのは当たり前だと思う。






きっと、幼い頃などを思い出しておられるのだろう。








「おぉ、忠恒。大きくなったの。ほれ、飲むか?」






「えっ!?はいっ!」







突然の父上の杯に忠恒殿はとんでもなく驚いている。






だけど受けぬわけにはいかず、注がれた酒を一気に煽った。







それに、皆がおぉ!と歓声を上げる。






 

久保様は心配そうな苦い顔をしていたけど。








「うむ。良い飲みっぷりじゃ。美味いか?」







「はいっ!」







さっきは、久保様に「美味しくない」とぼやいていたのに。







何だかおかしくて、久保様と顔を見合わせて笑う。





  




九州征伐では暗いことばかりだったけれど、今宵は久々に皆の笑い声が響く。

 


 




それを、春の月が優しく見ている。







そんな中、ただ賑やかな夜は静かに更けていった。

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