第35話
「はは。そうか。…これからだな」
ケホケホと咳き込んでいる忠恒殿を見る久保様の目は、優しい。
きっと、いい兄上様なのだと思う。
「兄上様はお酒、お強いのですか?忠恒殿」
そっと尋ねてみる。
すると忠恒殿は咳を治めながら答えた。
「はい。そうなのです。父上もあまり強くはないのですが、兄上が酔っているところを見たことがありませぬ。今日もずっと杯を受けておられるが、まるで水を飲んでいるかのよう」
やっぱり、と思う。
忠恒殿が咳き込みながらさらに久保様にお酒を注ぐのを見ていると、彼は恥ずかしそうに笑った。
「…そんなに見られると飲みにくいです」
「…確かに。お顔にも出られませんね」
ぐい、と飲み干した彼の顔を、忠恒殿がじっとりと見つめる。
「そうでしょう?俺はこんなに弱いのに。…実は父が違うのではないかと、最近心配しております。…顔も似てないし」
その言葉に、久保様は一瞬呆気に取られたような顔をする。
だけど次には笑い出した。
「そんなわけないだろう。馬鹿な奴だな」
その心からの綺麗な笑顔に、私は一瞬どきりとしてしまう。
「俺はいろいろと本気で心配してるんです!兄上!」
不服そうな忠恒殿がパタパタと顔を手で扇ぐ。
「悪い。…お前が妙なことを言うから…」
久保様はただ涼しい顔で笑っているのに、忠恒殿はあれだけの量で頬が赤く染まっている。
これは。
「…確かに、お強くはないようですね。大丈夫ですか?」
ふふ、と笑うと、忠恒殿は首を横に振った。
「いえ。必ずや慣れて、兄上のお酒の相手を致します!」
その言葉に、久保様は優しく笑う。
「そうか。ならお前と酌み交わす日を楽しみしているよ」
その笑顔が、どこまでも優しい。
すると忠続殿が戻ってきた。
「あれ。久規はどうしたの?忠続」
忠恒殿が咳き込みながら尋ねると、忠続殿はまた律儀に片膝をついた。
「はい。何やら面倒になりまして、厠に着く前に打ち捨てて参りました」
…面倒って。
「そうか。そのうち起きるだろ」
平然と答えた久保様に、いつもこんな感じなのかしらと思って小さく笑う。
すると、ふと杯を膝の上に下ろした久保様が尋ねる。
「…父上はどうした?忠続」
その言葉に辺りを見回すけど、確かに姿が見えない。
「それが…」
「…どうした」
久保様は言いにくそうにしている忠継さんの言葉を静かに待つ。
「…は。あやつを打ち捨てた後、庭に猫がおったと申され、その…
猫?と思うと、父上が声をあげた。
「たわけ。わしはこの城で猫は飼っておらんぞ」
その言葉に目を丸くした久保様が私に、そうなのですか?と小声で尋ねてくる。
頷くと、父上がお酒を飲みながら続けた。
「…嬉し泣きじゃの。倅の立派な姿を見て。あれは飲むと泣き上戸になる」
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