第21話

「……………………安堵、致しました」







      












ただ、ほっとした。







それに尽きる。







 


「…そうか」








父上はそれだけ言うと、暫く黙り込む。







それに私はただ夏の風に身を任せる。








久保様と、夫婦めおとに。







そう考えると…何故か不思議な気持ちになる。












「…それならばよい。お前が嫌ではないなら、それが何よりじゃ」








ふと、沈黙を破った父上を見る。








するとどうしてか父上は柔らかく笑っていた。











「…まぁ…ついでに言うと、わしの可愛い末娘をくれてやるのに相応しいと思うたからな。…あの男は」









「え?」








嫁にくれてやる、という言い方が気になって聞き返す。






さっきまでは婿を取る、と言っていたのに。







父上は屈むと、先程久保様と打ち合っていた木刀を拾った。









「わしは今まで知らぬ振りをしておったが…あやつ、上洛して初めての謁見の席で、お前に手を出すなと…暗に殿下に申したのであろう?」










その言葉に、心の臓が止まりそうになる。











『その姫は、我ら島津宗家の大事な姫にございます。…お忘れなきよう』










あの時の久保様の声が耳元で鳴る。



 


  

あの謁見でのことを、父上は全て知っていたのだと知ってどぎまぎしてしまう。








「ど、どうしてそれを…」








それに、父上は口元だけで笑う。









「…あれは…ただ島津の威信のため…」









打掛を翻して立ち上がると、父上はそんな私を見て微笑み片手で竹刀を振った。








「わかっておる。久保を責めるつもりはない。それでも、だ」









それでも。



 



そう言って、父上は木刀を見つめると笑った。















「…わしは嬉しかったのだ。島津の当主としてではなく、ただ一人の父親として。






可愛い娘をくれてやるのは…そのくらいの気概のある男でなければ」

















その言葉に、恥ずかしくなって俯く。






私に、手を出すなと。






島津家のためであって、決して、そういうつもりであの言葉を久保様は言ったわけではないと分かっているのに。


 






確かに…少しだけ嬉しかったことを思い出して。











「…うむ。あやつ真に良い太刀筋もしておった。昼間はすかっとしたわ。素手で一発殴るわけにも参らぬからの」




 






その言葉に、昼間父上が久保様にした突然の鍛錬を思い出して、全てを理解する。









「まさか…刀の指南というのは…!」









そう言うと、父上は竹刀を振りながらにやりと笑った。
















「娘を取られる父親の…婿殿への鬱憤うっぷん晴らし、じゃな」

















そう言って父上が振る竹刀の軽やかな音を、ただ私は聞くしかできなかった。

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