第22話

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すっかり日が傾いてしまって、短い夏の夜の帷が降りようとしている。







緋色は藍色に飲み込まれ、月が顔を出しかけていた。







どうしよう、と幾分も前から部屋の前でうろうろしている。








しばらく悩んだが、意を決して部屋の向こうに声をかけようとしたその時。








足音と共に戸が静かな音を立てて開いた。









「…亀寿殿…」

 







部屋から出てきた久保様は、そんな私を見て驚いたように目を丸くする。









何となく少し気まずい雰囲気の中で、沈黙を破ったのは久保様だった。














「…もしかしてずっと待ってくれていたのですか」










やっぱり、余計なことだったかしら。

 







「…いえ、その…。……申し訳ありません…」








無意識に口からそんな言葉が落ちると、久保様は小さく微笑んで首を横に振った。








「…いえ。こちらこそ申し訳ない」









彼が小さく笑ってくれたことに、少し安堵する。







しばらく何も言わず、二人夜の闇を見つめる。



  





何から話せばいいのかしら。    







そう考えていると、久保様が口を開いた。



 






「…申し訳ありません。先程はお見苦しいものをお見せして…。気を遣わせてしまいました」








昼でも夜でもない空の色の中で見た彼は、少し泣き晴らしたような目で苦笑いをしていて。







一人泣いていたのだと思うと、私はただ首を横に振ることしかできなくて。









それに揺らいでいたはずなのに、私が気を遣って席を外したことに気づいていたのだから、さすがだと思う。









そして彼はぽつりと呟いた。










「……嫌ではありませんか」





 





え?と思って久保様を見ると、彼はバツが悪そうに笑っている。









「…相手が私などで」









結婚の相手が、自分でいいのか。






久保様は目をそらしてそう私に尋ねる。








武家の婚儀は家の存続に関わることだから、己の感情なんて捨てなければいけないのはわかっている。






だけど。






黄昏色に染まる久保様の横顔を見ていたら、無意識に言葉が落ちていた。





















「………嬉しい……です…」

























自分の口から滑り落ちた言葉に、久保様が勢いよくこちらを見る。






それにはっとして慌てて顔を伏せる。









何と、はしたないことを言ったのだろうか。









するとしばらく私を見つめていた久保様は静かに呟いた。







 




「……………本当…ですか?」















聞き返されて一気に恥ずかしさが込み上げ、俯く。









「…いえ…!…あの……」






 




彼が何も言わないから、恐る恐る顔を上げると。


 





静かに私の言葉を待つ真っ直ぐな瞳がそこにあって。







私はただ、小さく頷いた。









「……はい」









それに、私をじっと見ていた彼の目は大きく見開かれけど、すぐに柔らかく細められる。







そして、ふわりとはにかんだ。

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