第19話

惣領とは家督相続予定者のこと。







つまりは、後継者。






父上は静かに続ける。







「人の上に立つ者は、強さと同時に慈しみの心を持たねばならない。傲り、力に固執するような者は人がついて来ぬ。人がついて来なければ家は潰れる。人は…家臣は宝であるからな」









家臣は、宝。





それは父上がいつも言っている言葉。










久保様はそれを聞いてそっと顔を上げた。



















「先程、お前も申したな。





————————家臣は宝、と」

















父上はそんな久保様を見据える。









「…これはなにより、一番に私が心に留め置いていることだ。理解しているお前ならばその志、必ずや継いでくれよう」











そしてその肩に優しく触れ、柔らかく微笑んだ。


























「義弘の嫡男でありながら島津のために上洛してくれたこと、真に感謝しておる。





…苦労をかけたな」























久保様の揺らがぬ横顔に、薄っすらと涙が浮かんでいるように見える。








彼はそれを隠すようにただ俯いて、唇を強く引き結ぶ。








久保様の4つ上の兄君の鶴寿丸様は8歳で、早世されている。






それ故長男として扱われ、義弘叔父上の跡取りとして育てられたこの人が豊臣の人質として上洛など…どれだけ、屈辱だったか。






国元の島津一門が反旗を翻せば、一番に命を取られる。






それが京に置かれる人質の役目。  









つまり私と久保様の、京における存在意義。






















「…すまぬな。どれだけ辛かっただろうか。




この義久…心から感謝している。






———————ありがとう。…久保」













ありがとうと。










ただ真っ直ぐに言った父上。







それに、久保様は口を引き結んでただ首を横に振る。








彼が小さく吐いた息が震えている気がして、私はそっと俯いた。



  





……ありがとう、と…私も心の中で感謝して。












「…己の苦労も顧みず、誰よりも心から島津を想うてくれているお前に…家督を継いでほしいのだ。わしの願い…どうか聞き入れてはくれまいか」











それを聞いて、私は深く頭を下げると彼の答えを聞く前にそっと部屋を後にする。









久保様が言葉が出ない程に声を殺しているのを閉めた戸越に聞く。









きっと、泣いている所など女の私になんて見られたくないはずだから。

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