第16話

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「もっと姿勢を正して、そうじゃ、よく狙え」









お茶を注ぎながら、今日はどうしたのかしら、と思う。






天正16年7月。





あの謁見から、一年が経った。






入道雲が広がる青い空に蝉の声が響く。







京の夏は薩摩と違い蒸し暑い。






そんな中、目の前では父上が久保様に刀を指南していた。






昨年の6月中旬に私と久保様が秀吉に謁見してからすぐ、島津家の当主である父・義久も上洛してきた。






ほっとしたのは、事実。







それからは、父上が傍にいてくださったから安心して暮らすことができた。








弾けるような木刀を打ち合う音を聞きながら、頬に夏の風を感じる。








「さすがじゃ。よく鍛錬しておる。筋が良い」








「ありがとうございます」








「ではもう一度じゃ!」




 




「はい!」








地面に片膝をついて頭を下げる久保様は、少し見ぬ間にまた大人びたと思う。











「父上、久保様。この暑さではお身体を壊します。このあたりでお茶にいたしませんか?」







声をかけると、二人とも汗を拭いながら縁側に座った。







「うむ。久保は上背も伸びて良き武者ぶりじゃ。だがあれの倅がこんな優男になるとは。分からんものじゃの」







あれとは、義弘叔父上のことだろう。



 





…確かに、全く似ていない。








久保様の背をバシバシと叩きながら、父上はお茶をすする。







苦笑いしながら、久保様も私が差し出したお茶を受け取った。







「すまぬ。亀寿殿」







「いえ。すみませぬ久保様。煩い父上で」







わざとらしく久保様に言うと、父上も戯けて声を上げた。








「なんだと?!可愛い甥っ子に武道の指南をしておるだけではないか!」







「義弘叔父上がしっかり教えておられますわ。川上経久もおります」







川上経久は島津宗家の家臣であり、世嗣に弓馬を教える家柄の者。






文句なしに弓馬の達人だ。








「それに、もう充分お上手です」







「なんの!武士はいつ何時でも鍛錬を怠ってはならんぞ!」








私が父上と下らない言い合いをしているのを横目に、久保様はどこか楽しそうに、口元に笑みを浮かべてお茶を啜っていた。








「ところで、今日は何故久保様をお呼びに?」








父上は今日、突然久保様を呼ぶようにと家臣に申し付けたのだった。







私が尋ねると父上は、うむ…と言っただけで、黙ってもう一口茶を啜る。







娘である私の前ではいつも飄々としている父上のそんな様子は珍しく、ちらりと久保様を見るとばちりと目が合う。







何か、ご存知なのです?






目でそう尋ねると、久保様は小さく首を振った。








黙ってお茶ばかり呑む父上に、嫌な予感がする。







何か言い辛いことなのは間違いないだろう。






じっ…と父上を見るも、視線が合うことはない。







「…席を外しましょうか?」



 




久保様が私達親子に気を遣ってか、湯呑みを置いて立ち上がりかける。






だけどわざわざ呼んだということは、久保様にも関わりのあることではないのかしら。







「…よい。お前にも話がある。久保」







漸く口を開いた父上は湯呑みを置くと、部屋に上がれ、と私達に合図した。

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