第15話

「…そういえば」







「はい?」







「そういえば、です!」







大事なことを思い出して、打掛を翻して久保様に向き直る。






腕を組んでいた久保様は、そのまま私の言葉を待ってくれていた。









  

「どうして昨日お会いしたとき、名乗ってくださらなかったのです?そしたら今日こんなに驚くことはなかったのに!」








少しむすっとして言うと、一瞬呆けていた久保様は一気に笑い出した。







こちらは真剣に言っているのに笑い出したから、きょとんとしてしまう。








一頻り笑って、久保様は言った。









「…久々に会う従姉妹いとこ殿を驚かせようと思いまして」









そう言った顔が、大人びてはいるが悪戯っ子のようで。









「…私のことは、すぐにわかったのですか?」







あぁ、そういえば歳下だったわ、と思い出しながら尋ねる。





私は…すぐにはわからなかった。






どこの素敵なお武家様かと思った。









「いえ。流石に覚えていなかった。ですが…周りからあんなふうに言われていたからすぐに気がつきました。貴女が亀寿殿だろうと」








その言葉に、一瞬俯く。






そうだった。







昨日、いろんなことを言われるのに耐えかねて、庭に隠れたのだった。







そしたら、追手を久保様が遠ざけて下さった。








「……お恥ずかしいところをお見せてしまいましたね」







泣いているところを、見られてしまった。







少し陰った私に気づいたのか、久保様は戯けて言った。







「皆簡単に騙されてくれるから面白かったですよ。あの時は我らが島津の者だとは誰も思わなかったでしょう」







楽しそうに笑ってくれて、なんだか気持ちが楽になる。









「ふふ。確かにそうですね」










私が笑ったのに満足したのか、久保様はそっと雨を降らせる空を見上げた。








それにつられるように私もその灰色の空を見る。






しとしとと降り続くこの雨が上がれば、きっと眩しい夏が来る。








これから始まる、京での生活を照らすような光眩い…緑豊かな夏が。

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