第14話

一頻り笑って、久保様はぽつりと呟いた。
















「…先の戦は、大変でしたね」


















今年の4月17日に起こった九州征伐。





島津は3万5000の全軍で立ち向かったが、豊臣の大軍には勝てず5月8日には父義久が降伏し、16日には私は京都へ向かった。





そして我が父が降伏したあとも最後まで日向真幸院の飯野城で籠城していた義弘叔父上も。





同月22日に降伏した。







嫡男の久保様を人質として引き渡すことを条件に。








…つまり私たち二人は、人質同士。











「義久叔父上も出家され、なにも女子の亀寿殿までこんな遠いところまで連れて来ずとも。


…人質ならば男の私だけで十分だというのに」










少し困ったように、久保様は笑う。








島津宗家の当主と、その次弟のそれぞれの子供を豊臣は人質とした。





それほどまでに、島津は警戒されていたのだ。









「…武家に生まれた者の運命さだめだと…理解はしているつもりです」








理解して、島津宗家の娘として強くいなければと思っていた。







それでも、見知らぬ土地に連れてこられ、心無い言葉を言われ。






傷つけられた心が壊れかけた昨日。






久保様が助けてくださった。







「久保様こそ…これからの島津を率いていく御方です。その御方が京になど…」








当主の父上は、男子に恵まれなかった。






最後の望みだった私も女の身で生まれた。







そんな父上の次弟の義弘叔父上の、実質長男の久保様は…間違いなく島津宗家を継ぐ。



 



まだ父上が正式に指名したわけではないけど、その人柄と人望からしても島津家中の皆がそう思っている。






そのうち父上の養子に入るだろう。







そうなると、姉弟、かしら。








そんな事を考えていると、久保様は静かに立ち上がる。








そして、しとしとと雨を降らせ続ける空を見上げた。








「…私も父上と、皆と戦に行きたかった…。島津のために戦いたかった。だけど跡取りだからと戦に出してはもらえず…」









その美しい愁いを帯びた横顔が、寂しそうに空を見上げた。

















「…だからこの身が役に立つならば、人質でもなんでも受けようと思ったのです。


死んでいった家臣達がいてくれたから、今の島津があるのてすから。


その皆が守ってくれた島津を、今度は私が人質になることで守れるのならば…



——————————私はそれでいい」























降り続く雨の音が響く。







悲しいほどに清廉な人だと思う。







その横顔に何と返していいかわからず言葉を探していると、久保様は明るく続けた。








「…だからさっきの謁見の時もあんな大口を叩いてしまいました。父上や叔父上に聞かれたら殴られるかもしれません。内緒にしておいてください」







ふふ、と戯けて笑った久保様は、人差し指を口元に当てる。







笑ってくれたことに少し安心する。







私も真似て人差し指を口元に立てて、ふふ、と笑った。








「はい。二人だけの秘密、ですね」







そう、笑い合ってふと思う。

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