第12話
「…今何と申した?又一郎」
静かな声に、久保様は動じる事なく答える。
「…島津宗家の大事な姫故、お忘れなきように、と」
さっきの言葉をもう一度繰り返して顔を上げた久保様は、ふ…と笑った。
「…島津は大事な姫を忠誠の証に殿下にお預け致すのです。
もしもお忘れとあらば、薩摩者は血の気が多い故何をするかわかりませぬ」
その美しい笑顔が凄みをきかせる。
「…そもそも島津の抑えが私などではあまり意味を成さぬかもしれませぬ。
その時は…どうか御容赦を」
彼は、私に手を出せば島津が黙っていない、と暗に言った。
そして久保様が今こうして島津の人質として京にいることが島津の抑止力になるかどうか。
ならないかもしれない、と。
それほどの力が、西国の果ての薩摩の島津家にはまだ、ある。
一度は九州征伐で削がれてしまったが、蓄えることができる。
必ず。
ばらばらと降る雨音の中で殿下を牽制したが、久保様はただ美しく笑う。
揺らぎの一つも、見せずに。
「…今後とも、我ら島津は殿下の元で励みまする。…どうぞよしなに」
殿下はじっと静かに頭を下げた久保様を見つめる。
暫くの沈黙が続いたかと思うと、突然笑い声が上がった。
「…やはり薩摩で会うた時から思っていたが、又一郎。お主、大したものだ。降伏した者は上辺だけの口上で皆平伏すばかりでな、わしにこのようにはっきりと申す者はおらぬ」
笑いながら久保様の前に屈んで、その顔を覗き込む。
久保様は顔を伏せたままぴくりとも動かない。
すると殿下は持っていた扇子で久保様の顎を取ると、顔を上げさせた。
「…うむ。…あの屈強な島津義弘の倅が、かように美しい男だとはの。やはり何度見ても信じられぬ。…面白い。だがわしは女にしか興味がないでな。…男にしておくのが惜しいのぅ」
久保様はそれに、女の私が見ても美しすぎる大人びた笑みを浮かべた。
「…お戯れを」
『明日の謁見は全て私にお任せを』
島津の威信をかけたこの謁見で、天下人と堂々と渡り合う。
こういうことだったのかと息を呑む。
その伏し目の秀麗な横顔に、島津の家紋である十字紋が重なって見えた気がして。
二匹の龍が天に昇っていく様を表すと伝わっている、島津の十字紋。
まるでその龍のような凛とした強さと美しさに、息を呑む。
これが、後世で鬼島津との異名を持つ島津義弘の嫡男。
——————————島津久保様。
すると殿下は久保様の顎から扇子を外すとふっ…と笑う。
「…気に入ったぞ、島津の御曹司。
そして両人とも、しかとこの秀吉が預かろう。
不便があれば何なりと申せ」
そう言い残して、殿下は颯爽と立ち去った。
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