第11話

「——————————殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう存じます。



一瞥いちべつ以来、にて」
























その凛とした低い声に、その場が静まり返る。







それと同時に雨音も聞こえなくなるほど、私の思考は止まった。


















「島津義弘が一子、又一郎久保にございます。


こちらは島津当主・義久が子女しじょの亀寿殿。


遅れ馳せながら、我ら九州よりまかり越してございます。  


御挨拶が遅れましたこと、平に御容赦を」















薩摩訛りも一切なく、堂々とした流暢な口上でその人は秀吉を見つめる。









その凛とした後ろ姿が、確かに昨日と同じだと思う。



















まさか。








昨日助けてくれた、あの人が。








………………従兄弟の久保殿…だったとは。

 






















しばらくして、殿下は口を開いた。









「…久しぶりじゃの。…日向の真幸院まさきいんはしかと治めておるか、久保」







「…恙無つつがなく」







「左様か」








それだけ言うと、殿下は立ち上がって久保様の横を通り過ぎ私の方に近づいてくる。









そしてパチ…パチ…と扇子を鳴らしながら目の前に来て、呟いた。












「あの島津義久の娘、か…。なかなかに美しい娘だの。…悪うない」












その言葉に、背筋が凍りつく。










だけど、私は耐えなければ。




 





—————島津のために。










何か言わなればと小さく口を開いたその時。






 



前を向いたままの久保様が呟いた。



















「————————その姫は」
























そこで言葉を一度切った感情のない声に、昨日の優しさは微塵も感じなかった。




























「…その姫は、我ら島津宗家の大事な姫にございます。





—————————————お忘れなきよう」



































小さく顔だけ振り返り、天下人に何の迷いもなく言い放った久保様に息を呑む。










周りの殿下の家臣たちがざわつくが、彼は一瞥しただけでそれを制した。









その横顔の美しさに、私の心の臓がドクリと跳ねた。








静まり返った空間の中、殿下が私から離れ久保様の方を向く。








伏し目がちの久保様は、小さく頭を下げた。

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