第一章〜約束〜

第7話

天正15年(1587年)5月8日。







九州の薩摩・大隅・日向の三州を治める戦国大名である我が父…島津家16代目当主・島津義久が豊臣秀吉に降伏し、九州征伐は終結した。








降伏の証に、娘である私を人質として上洛させるのを条件に。







武家に生まれた運命さだめだと覚悟はしていた。







そして17歳の私は人質として上洛し、太閤殿下に謁見するために今、聚楽第にいた。































「…あれが島津の…」









「あぁ。島津義久の娘だそうだ」









謁見の日は、明日。







梅雨時期なのに珍しく晴天。






そんな青空の下、追って上洛してくるはずの従兄弟いとこを待たなければならない。







とはいっても、会ったのは子供の頃が最後だから顔なんて覚えていないけど。






城内を歩くとすれ違う秀吉の家臣達の会話が耳に入って、嫌になる。






無駄な程に豪華絢爛な聚楽第は豊臣秀吉の力を表していて、それに負けた家の娘の肩身が狭いのは仕方のないことだと思うけど。









「島津も負けたか…」








「島津は九州制覇目前だったそうではないか。…それはそれは…残念なことだな」








聞こえてくるのは、島津を皮肉り愚弄する声ばかり。








「島津義久…娘を差し出すとは…」







「殿下に娘が気に入られたら、島津はさぞ嬉しいだろうなぁ」






「島津の娘を手に入れれば、西国九州を支配下に入れたと見せつけられるものな」








虫唾が走るような言葉に、堪えていた涙が溢れ出す。







気に入られるとは思っていないが、見せつけも兼ねてそうなることがあったらどうしようと考えなかったわけでもなくて。








それだけは、絶対に嫌で。










私を監視するためについている侍女が秀吉の家臣と話している隙に、好機だと思った。







花々が咲き誇る庭の角に身を隠すように降りると耳を塞いでしゃがみ込む。







もう、何も聞きたくなくて。





 



花がばらばらと散る。








謁見なんてしたくない。 







明日なんて…来なければいいのに。









「亀寿姫様?!亀寿姫様!」









慌てた侍女が声色を変えて私を探し出す。






幼稚なことをしていると思うとさらに情けなくなって涙が出てくる。







こんなことをしては、島津の家が何と言われるかわからないのに。

  






溢れる涙をどうにかして止めようとしたその時。










ふと香った、優しい花のような香りと共に。









目の端に…艶やかな水色が舞った。

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