第6話

「いえ…。17代目御当主…





————島津久保公は…どのような御方だったのですか?」


















久しぶりに誰かの声で聞いた…その春風のような清廉な御名前に、笑う。











そして、盛りの桜に手を伸ばした。















咲き誇る桜花を二人で笑って見上げた日を思い出す。








揺れる桜に貴方様の面影を見て。









桜は…貴方様。

























———————————島津久保しまづひさやす








それは、ただ一人の私の最愛の夫の名。
















九州島津家17代目当主であり…





そして薩摩藩初代藩主・忠恒のたった一人の兄。






 






「…久保様は誰よりも深く私を愛してくださいました…。




————————亡くなる…その瞬間まで」



























 


文禄二年九月七日…

朝鮮国 巨済島にて御逝去。


 




享年 二十一。

























「亡くなったその後も私との約束をたがえることなく…今も守ってくださっています…。






戒名かいみょうは…『一唯恕参大禅定門いちいじょさんだいぜんじょうもん皇徳寺様』。







その名の通り…




ただ…恕りの御人でした…」















——————————おもいやり。











本当に、誰よりも優しい人だった。








誰よりも…ただ私を愛してくださった。











そして…桜に交わしてくれた愛おしい約束。









 





それを彼は…










—————————今も叶え続けてくれている。























「…………今も、でございますか…?」





    




それに、頷く。









妻として久保様に愛されて生きた日々は、玉響たまゆらのような…たった4年間だったけど。






後にも先にも… 






————私の生涯で一番幸せな日々だった。




















「…足止めをしてしまいましたね。



さぁ、皇徳寺へ参りましょう。



桜を見ながらゆっくり…聞いてくれますか?







—————————私の幸せな思い出話を」














幸せな、彼と生きた思い出の日々を。











そう言うと、頷いてくれた春にそっと微笑む。






そして楼門の先の本堂へ向かってゆっくりと歩き出した。










大切な最愛のひとと過ごした日々。








その4年間の思い出を、そっとお話することにいたしましょう。









桜咲き誇る、貴方様が愛した…















—————————春爛漫の、この皇徳寺で。

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