第18話
リィラの額の前に浮かんだ黒い球体は少年の身体を包み、やがて染み込むように消えていった。
「なに……」
少年がか細い声で言う。
「あなたは神に愛されたのよ」
理解していない少年に、リィラは《光よ》と呟き、手元に手のひら大の光を灯す。
「ほら」
すると光を浴びた少年の身体の一部が、消えた。
「ヒィッ」
少年はその一部に触れようとする。しかし光は触れた手でさえも透かしてしまう。
「な、なにこれ……」
「あなたは影の神に愛されたのだから、光に嫌われるようになっただけよ」
「光に嫌われる……? 訳がわからない!!」
「あは。顔も消えてしまうのね」
「やだ、手、足も、からだも、消え」
「大丈夫。光に照らすと見えなくなるだけで、あなた自身が消えてしまうわけじゃないわ」
「そういうことじゃない!」
「なあに。今までずっと黙っていたのに。突然おしゃべりになって。大きな声も出せるのね」
「なおして! なおしてよ!」
「うーん。そうね。せっかく愛されたのだから。それを受け入れてしまいましょう? この森で暮らす分には問題ないと思うわ」
微笑みながらリィラが言うと、少年は絶望したような顔で絶句していた。
さっきの希望を期待する表情と絶望を実際に見た表情はさほど大きく違わないのだと、リィラは思う。
「嫌だ……どうして僕ばっかりこんな目に遭うの」
「どうしてかしらね。私も、ずっと……」
思っていたわ、と続けようとして、少年はもうリィラの言葉を聞いていないことが分かり、口を閉じた。
少年はうつむき、どうして、どうしてと繰り返し、うわごとのように呟いている。
それを見て、リィラは、自分が何も感じていないことに気が付いた。
不思議と凪いでいる。
「……どうして……っ……!」
少年は突然、リィラのすぐ横を過ぎ去り、ガチャガチャと鍵を開けて、家の外に出て行ってしまった。
家を出た瞬間に、一瞬、外の明るさに自分の身体が消えかかったことに驚いていたが、そのまま走り去ってしまった。
リィラはその背を追わない。
きっと彼は今までの迷い人のように、あの少年やあの少女のようにすぐ死なないだろうと思ったからだった。
彼自身のことも、正直どうでもいい。
開けっ放しの扉から、遥か先に消えて行った少年の背を思い返しながら、
「あはは」
ふと、笑いが漏れてしまった。
「あっははははははは!!」
森に響く笑い声。答えるように木々がざわめく。
「ああ、最初からこうすればよかった。もっと早くこうするべきだったんだわ。私に人を不幸にさせることは出来ても、幸せにすることなんて出来ないんだから」
早く気が付けば良かった!
はじめから私は間違いだったのだから!
そう言う彼女の表情は満ち足りている。
「ありがとう神様! 私を愛してくれて! ありがとうお母様! 私を生んでくれて!」
これからは人を───呪って生きていこう。
そうしてリィラは魔女になった。
───これは『森の魔女』リィラが魔女になるまでのお話。
より正確に言えば、魔女になることを受け入れるまでのお話。
ウィッチ・クラフト・ウィッチクラフト 織音 @orionium_
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