「森の魔女」

第17話

迷子らしい少年の姿が見えた。

落ち着いた黒髪は愛する弟のものとよく似ている。

だが、着ているものから自国ではなく、この森の先にある隣国からの迷い人であると予想が出来た。

もちろん、隣国でもこの森は「魔の森」。入れば抜け出せない、失踪者が出る森である。

そんな彼が迷い込んでしまった理由はわからない。

「あなた、どうしたの?」

リィラは笑顔を飛びきり優しいものにして少年に語りかけた。

少年はぽつりぽつりと境遇を語る。

リィラは頷きながら、「疲れたでしょう。私の家で一休みしない?」と彼を家に誘った。

少年は警戒しながらもリィラに着いていく判断をした。

───その家は悪い魔女のものよ

後ろ手に扉を閉め、鍵をかける。


明かり一つない真っ暗な部屋に少年が疑問を感じ、振り返ったのと、カチャン、と鍵が閉まる音がしたのはほぼ同時だった。

「え……」

戸惑う少年にリィラは告げる。

「さあ、魔女のお家に誘われたあなた。これから何をしましょうか?」

にっこり笑って──その表情はきっと少年には見えないけれど。でもリィラは彼の居場所がわかる。どこに何があるのかもわかる。

一歩、近づいて。

リィラの足音が聞こえたと同時に、少年が遠のいたのがわかった。いつもと同じ。彼もリィラから逃げようとしている。

色々なものに当たったのだろう、何かが倒れる音や落ちる音が聞こえる。

何が倒れたのか、何が落ちたのか、リィラにはわかるから警戒はしない。

少年が壁にぶつかった音がした。彼はそこにうずくまったようだった。

「魔女というのがどんな存在か、あなたは知ってる?」

少年は答えない。

「人の訪れない場所に住んでいて、怪しいことをしているそうよ」

リィラは倒れた本の塔の中から一冊本を拾って開いた。

リィラはその絵本を少年に読み聞かせる。少年は耳をふさいでいる。そのままリィラは続ける。

物語の序盤まで語り終えて、ぱたん、と本を閉じる。

「魔女って、そんなに怖いかしら?」

それをすぐそばのテーブルに置き、少年に目を遣る

部屋の隅に丸くなって震えている少年は耐えているようにも見えた。そうすればすべて過ぎ去るのだと、信じて疑わないように。

「怖いの? いいえ、そんなに怯えないで。大丈夫よ。怖くない」

リィラはそんな彼の身体を必死に守っている華奢な腕を身体から剥がし、耳元で囁いた。

「怖くないのよ」

優しく背をなで、呼吸を落ち着かせる。それで少年の呼吸が、緊張が、落ち着くはずもなく、ただ闇雲に「怖くない」という言葉が宙に浮かぶだけだ。

「だってあなたはこれから、愛されるのだから。怖がる必要は何もないのよ」

少年が初めて顔を上げた。

泣いているわけでも、叫んでいるわけでもなかった彼の表情は、どこか暗く。

その暗さも、リィラの最後の言葉でどこか希望を見出したかのようだ。

───まあ、私は良い魔女でもないのだけれど。


そうしてリィラは目を閉じ、手を合わせ、指を絡ませる。


やり方は知っている。

魔術の本を読むまでもない。

相手のことを思うだけ。


「《あなたが、影の神に愛されますように。》」


それはリィラが持つ本来の「祝福」の魔術であり。

『影の神』が持つ性質である「呪い」そのもの。

誰かのためを思うほど、反転していく「祝福」。

『影の神の愛』という呪いを、誰かに与えるもの。

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