森の秘密
第16話
リィラはふらふらと森の中をさまよっていた。
さまよっているとは言っても戻り方もわかっている。
家の周りのことは大体知っているから、遠くに、知らない場所に行きたかった。
幸いにもこの森は広い。一日二日あっても歩き終わらないくらいには大きい。
さまようには十分すぎる。
だから。
───誘われていたのだろうか。
その洞窟を見つけたのは初めてだった。
ぽっかりと口を開けて、リィラを待っているように見えた。
リィラも何の迷いもなくその穴に入った。
中は真っ暗だった。森の暗闇に慣れているので多少は夜目が効く自信があるが、それでも真っ暗だと思うくらいには暗かった。
それでも進んだのは───何故だろう?
また少し歩くとぽつぽつと、ぼんやりしたあかりが点在していた。
それはどうやら石のようで、予想ではあるが暗闇でだけ光る性質のものではないかと思われた。
それは奥に進めば進むほど増えていく。
上に下に、左に右に、点在するそれはまるで夜空の星の中に放り出されたかのように幻想的な風景だった。
その明かりでリィラは壁に絵のような、文字のような、何か意味のある形が彫られていることに気が付いた。
とても古い文字。象徴的な絵。リィラには読めないはずだ。そのはずなのだが。
「……これ、神話……」
なぜかわかってしまった。何が書かれているのか。
「はじまりはこの先に書かれているんだわ」
今読んでいる場所は「神話」の中盤で、その物語はこの洞窟の一番奥から順番になっているようだった。
リィラは奥へ進む。
やがて最奥にたどり着いた。
そこには古びた祠がひとつ、置かれていた。
それが何が祀られて、そして忘れられた祠なのか、リィラはすぐに理解した。
この道に綴られていた神話。
ここに祀られていたのはその創世神話に登場する神。
それも、人間の生きる場所をめぐって創世神と戦った───人間は暗闇の中で生きるべきだと主張した神。
『影の神』。
かつての創世神話において、影の神が創世神と争ったのは事実だ。
だが、彼は創世神を滅ぼしたわけではない。
本当は相討ちになったのだ。
けれど、後世の神話において、影の神が創世神を滅ぼした、としたほうが都合が良かった。
影の神は神々にもずいぶんと嫌われていたから。
彼を神話の上での悪者にしたかったのだ。
どうして彼が嫌われものだったのか。
それはこの洞窟の中にも明確な記述はない。
だが、恐らく、ただ「影」の神だったから。多くが恐れを抱くものの神だったから。
多くの神から嫌われていた影の神は、とある神から「英雄になれない」という呪いをかけられていた。
それは誰かのためにと己の力を使っても、結局はその誰かをより不幸にしてしまう、最悪は死に導いてしまうという呪いだった。
しかし、この「呪い」は、呪いをかけられたという事実は後世には伝わっていない。
影の神は神話上では対象を死に導くような厄介な存在として描かれている。
全ての元凶と言われたり、不幸の根と言われたり。
しかし影の神が原因とされる神話の物語のほとんどが、彼に理不尽にかけられた「呪い」が原因だった。
このかけられた「呪い」は反転して、影の神の原動力になっていく。
それは「黒い力」───別名を「魔術」と呼ぶようになる。
多くの神から呪いを、嫌悪を集めていくうちに創世神と同等の力をつけた影の神は、やがて人間の生きる場所を巡って創世神と争うこととなる。
しかし、創世神との争いは相討ちで終わり、彼はぼろぼろになった。
そんな彼は彼を嫌っていた他の神にとどめを刺されてしまう。
そうして実質的には創世神の勝利で争いは終わり───
影の神は忘れられた頃にこの場所に葬られた。
この場所──「魔の森」は、影の神の亡骸があったからこそ出来た森であり。
影の神の支配下だから、この森は暗く。
創世神と並ぶほどの力を持っていた神だったから、この広大な森が出来たとも言えるのだろう。
「ああ……」
リィラはその祠の、そしてその向こう側で眠っている神を幻視して、その場に崩れ落ちた。
私の神様は、ここにいたんだ。
彼が本当の、私の神様なんだ。
すべて理解した。
どうして今までひとりぼっちだったのか。
誰かのためになればなろうとするほど、誰かを傷つけてしまうのか。
それはリィラの神様が創世神ではなく、この影の神だからで。
「わたしはあいされているんだ」
そしてどうしようもなく、その神から愛されていたからだった。
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