第15話
幸いにも少女の足の怪我は骨折ではなく捻挫だということが分かった。
木の枝で足を固定し、患部をなるべく冷やすようにすると、歩けないほど腫れて痛んでいた足はゆっくりだが歩ける程度には回復した。
一緒に果物を採り、魚を獲り、火を熾して食事を摂る。焚火を囲んで交互に睡眠をとったりもした。
そんな生活が一週間は続いただろうか。
これから寝よう、と夕食を終え、焚火を囲んで談笑をしている時だった。
「今までありがとうございました」
少女は突然別れを切り出してきた。
「え……」
「ほら、わたし、足が良くなるまでって言ったでしょう? 足が良くなったので、明日からはわたしに付き合わなくて大丈夫ですよ」
「大丈夫、とかじゃ……」
リィラは、この一週間がとても楽しかったのだ。このまま時間の制限のことを少女が忘れて、なあなあになって、ずっと一緒に過ごせたらいいと思うほどには。
「わたし、気付いてましたよ」
「何に……?」
「あなたには野宿をしなくてもいい拠点があるんですよね」
「……」
「わたしが来るずっと前からこの森にいて、どういう理由かはわかりませんが、ここに住んでいた。あなたはこの森のことに詳しすぎたんです」
「それならわざわざ私から離れる必要なんてないじゃない。別に、私の家で暮らしてもいいのよ」
「わたしは、わたしの目的があってこの森に入ったんです」
少女は、だから、今までありがとうございました、と丁寧に頭を下げた。
「目的、って、何?」
少女は困ったように笑いながら、眉を下げながら言った。
「秘密です」
リィラは気づいていた。少女の服の下にある無数の傷跡に。
年齢にしてはかしこまった態度と、敬語。そして細すぎる手足。
本人からは多くを語られないが、なんとなく察しはつく。目的というのが何なのかも。
「じゃあ寝ましょうか。最後の夜です。明日の朝にはわたしはここから発ちます」
「……わかったわ。寂しいけれど、それがあなたの決めたことなら……」
「ありがとうございます」
先に眠ることになっていた少女がまず眠りにつき、「おやすみなさい」と言い合う。
しばらくすれば寝息が聞こえてきた。
森のざわめき。火がぱちぱちと燃える音。
リィラは会話を思い出していた。
少女はリィラに別の拠点があることには気づいていたようだったが、魔術が使えることには気が付いていないようだった。
それならば。もしその先に死しかないとしても。
リィラは立ち上がって、少女のそばに座った。
そして手を合わせ、指を絡ませる。
以前、妹に対して使おうとして大失敗をした「祝福」の魔術。
今度こそ成功をしたなら、過去の失敗を許せるかもしれない。
目をつむって。黒い球体が、浮かび上がる。
「《祝福》」
小さな声で呟き、目を開ける。その球体が少女の身体へ……。
「なんですかそれ」
少女が、目を開けていた。
「あなたは……魔女、だったんですか」
魔女。以前少年にも言われた。まるで恐ろしい存在のように。それはこの少女にも同じだったようだ。
「違うの。これは祝福って言ってね、あなたを……」
「騙していたんだ! ずっと、わたしを! どうするつもりだったんですか……!」
「何もしないわ! ただ……」
「嫌、聞きたくない!」
少女は立ち上がり、走っていく。否、ただ走ったのではない。逃げていく。
しかし、足が万全でないために、すぐにリィラは追いついた。
「嫌だ、離してください!」
腕を握ってから胸を抱え込むと、簡単に抑え込むことが出来た。それくらい少女は小柄で華奢だ。
少女はリィラの腕の中で必死に暴れる。嫌だ、離して、と繰り返して。自由なほうの腕がリィラに思い切り当たっても意に返さないほど。
そのとき、リィラの心の隅に、ふっと、何かが過った。
このまま、この少女が怪我をしたなら、また一緒にいられるだろうか。
……いや。そんなことはしない。
「何も話さなかったのは謝るわ。でも私はこの力を悪いことには……」
「そんな黒い力が悪いことじゃないわけがない!」
黒い力。
昔、母にも似たようなことを言われたことがある。
『あなたの力は黒くて醜い力だ』と。
魔力自体が黒くて、恐ろしくて、誰かを怯えさせてしまうような、醜い力なのだとしたら?
「違う、私は……!」
何を言っても少女は聞く耳を持たない。リィラは魔女だ、魔女は悪くて恐ろしいやつだ、騙されたんだと、そればかりを叫ぶ。
どうにかして、話を聞いてもらわなければ。
「待って、落ち着いて!」
リィラは少女を落ち着かせるために、自分ごと地面に倒れこんだ。
そうすれば倒れた衝撃と痛みで時間が取れると思った。
しかし、
「あ、れ……」
突然、少女は動かなくなった。
やがて、気付いた。少女が後頭部から血を流していることに。
「え……」
どうやら大きめの石がそこに埋まっていたようだった。少女は倒れこんだ際、その石に思いきり頭をぶつけたようだ。
森の暗さと、必死だったせいで、気付かなかった。
「待って」
血は流れていく。地面に染み込んで、取り戻しようもなくなっていく。服を脱いで押さえても、服が真っ赤になるばかり。
薬は家だ。今から取りに行く時間は……ない。
「《治癒れ》」
叫んだ。
「《治癒れ》!」
繰り返しても、血は止まらない。
「《治癒れ》!!」
体温は下がっていく。
「《治癒れ》……!」
呼吸も、止まる。
「《治癒れ》」
やがて心臓も、止まった。
「……《治癒れ》」
どうにもできなかった。
「……」
少女のまぶたを閉ざし、そこに横たえる。
「……どうして……」
手は血で真っ赤に濡れている。咄嗟に脱いでしまった服はどうしよう。
「まあ、どうでもいいか……」
リィラは少女の顔をじっと見つめ、おもむろに立ち上がった。
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