2-6:人類の選択

 有明の死には裏があるのか。


 この町の裏のシステムを作ったという男。その男が殺害された事実は、表の世界には出せないような秘密が隠されているのかどうか。



「ああ、有明? あいつが殺されたのは一応、強盗殺人ってことになってるが」


 帰宅してすぐに、千晶に疑問をぶつけた。

 よくありそうな殺人事件なのに、なぜか赤いカードによる操作が行われている。そのせいで元新聞記者の男が不審に感じていると。そう告げた上で、実際に有明の死の真相はなんだったのかを問いただした。


「そこのところは、俺もよくわからないな」

 学習机に片肘を付き、千晶は小首をかしげた。直斗は二段ベッドの下段に腰掛け、彼の表情をしげしげと見る。


「有明はとにかく緻密に活動してたからな。動物どもと一緒に何をやっていたかも全体は把握できてない。俺の知らないところで色々実験も行ってたみたいだし、動物どもに聞いてもそういう詳細は教えてはもらえないからな」


「そういう中で何かのトラブルに巻き込まれた可能性もあるってこと?」

「まあ、ないとは言い切れないな。だから念のため、下手に掘り下げられるのは防いでおこうと対処はしてた」


「そうなんだ」と口元に手を当て、直斗はじっと考え込む。


 千晶はコーラを口に含みながら、わずかに目元を緩める。こちらの真意を察したのか、椅子ごと体を向けてきた。


「話せば結構長くなるからな。この町で今まで何があったか、やっぱり話しておいた方がいいか」

 わずかに目を細め、千晶は肩の力を抜く。「聞かせて欲しい」と直斗は答え、千晶も納得した風に頷いてくる。


 この町の裏の歴史。彼がウォッチャーという鳩に出会ってから、今日までに一体どんな事件が起きてきたのか。





 千晶は基本的に観察者の位置を取り続けていた。


 有明のように徹底的に動物たちの能力を調べることもしなければ、田丸や川崎のように怯えて逃げ出すこともしようとはしなかった。


 あくまでも冷静に、現状の意味を把握しようとだけ考えた。時折ウォッチャーと会い、対話によって相手の真の目的や正体を探れないかと画策していた。


 そうする間も、町には新しい『人類代表』が連れて来られた。


 次にやってきたのは農家経営者の吉本よしもと忠彦ただひこ。年齢は五十代で赤ら顔の太った男だった。


 もう一人の室井むろい一郎いちろうも農家の人間で、年齢も同じ五十代。同じく恰幅のいい男だった。

 彼らの反応も、最初の田丸や川崎と同様だった。しかし逃げようとしても無駄だということは有明に告げられて理解した。


 だから彼らは、別のアプローチを取ろうとした。もっと根本的な形で『人類の敵』を始末しようと考えた。


 その時点では、動物の連絡係をしていたのはウォッチャー一体のみだった。有明が実験を行う際も力を使うのはウォッチャーだったし、田丸や川崎を粛清したのも同じだった。


 そのため、吉本はウォッチャーこそが動物のリーダーなのだと考えた。それならばウォッチャーが死ねば、事態が終わるのではないかと考えた。


 そう決めた後は早かった。吉本は猟友会に所属しており、散弾銃を保有していた。所詮は鳩など飛行速度もたいしたことはないし、ギリギリの段階まで銃を隠すのも容易い。


 町外れの場所にウォッチャーがいるのを見計らい、彼は迷わずに引き金を引いた。


 結果、ウォッチャーは死んだ。あまりに呆気なくて拍子抜けした。


 そして翌日、吉本は熊になった。のそのそ体を蠢かせ、あちこちで鼻をひくつかせる。

 新しい連絡係についたのは別の鳩だった。性格もウォッチャーとたいして変わらず、無機質に伝達をこなしてきた。


 一体だけを殺しても無意味だと判断された。動物たちの間には意思の伝達が行われていて、伝令役を殺すだけではすぐに代わりが来るのだと見た。


「よくやるよ」と有明は吉本の行動を見て笑っていた。


 室井は銃を持っていなかったので、もっと安全な策を取ろうと考えた。その時には既に、有明の手で『餌場』となっている区画がいくつか設けられていた。そこに鳥たちが集まっているのを見て、食糧に毒を混ぜる策を取った。


 餌場に設定されたポイントは全て把握出来ていたので、その全てに毒入りの餌を供給し、意識を操作された人間が機械的にそれを与えるように仕向けた。


 結果は上々だった。毒の餌を食べた鳥や猫たちは大勢が死亡し、町の中に無数の死骸が転がることになった。


 しかし、そこまでやっても尚、事態はまったく変わらなかった。


 翌日にはすぐに新しい鳥や獣が町の中に現れ、室井もゲコゲコと鳴き声をあげ始めた。


「あっぶねえな。人の作った餌場利用しやがって。これじゃあ、俺までグルだと疑われちまうだろうが」


 有明は忌々しそうに言っていた。動物たちの粛清が彼に及ぶことはなかったが、有明は苛立った風にカエルと化した室井を蹴飛ばしていた。


「それにしても、こいつらをまとめて隠せる場所が必要だな」


 動物による粛清対象が増えるのを見て、有明は『収容施設』を用意することにした。動物化した人間を見ても不思議に思わない者を用意し、彼らを隔離して世間の目から隠すように設定した。それによって、粛清対象が町の中で目撃される危険は減った。


「あとは警察とマスコミだな。嗅ぎまわられるのは面倒だ」


 ついで、毒餌で大量の動物が死亡する事件が起きたのを受けて、『赤いカード』による収束のシステムも構築した。大量の死骸を見た近隣住民が騒ぎたて、警察も動く事態になった。それらを赤いカードの提示によって抑え込む。更には餌場に利用していた屋敷の主を一人スケープゴートにし、その男が毒をばらまいた犯人だとして事態を収めた。


 ここでいったん、動物たちに反逆するという発想は途切れた。


 次にやってきたのは真中まなか耕祐こうすけという無職の四十歳。この男は真面目に動物たちに協力しようとする態度を見せた。


「環境破壊を止めればいいんだろう」と彼は動物たちの言葉を解釈した。動物が人間に攻撃することがあるとすれば、それは地球を傷つけることへの警鐘に他ならないと。


 そこで彼は即座に『外国』への攻撃を開始した。ちょうどその頃には近隣の国が工場から出すスモッグや化学物質が問題になっていた。そのような環境破壊が行われるから動物たちが怒るのだとし、彼はその国で工場を経営する人間たちの精神を攻撃し始めた。


 この段階で一つルールが判明し、『動物たちは人間に死を命じることはできない』ということがわかった。なぜかは知らないが、自殺を命じさせようとすると、「それは許されていない」、「命は尊い」と動物たちは返してきた。


 だが、建物に火を放つなどの行為は許されていた。だから経営者に命じて自分の工場で爆発事故を起こす事態を誘発させた。


 その結果を見て、真中は満足そうにしていた。そこで彼の持っていた暗い情念にも火がついた。後にわかったことだが、彼はいわゆる『主義者』の一人だった。


 日本には日本民族だけが住めばいいとし、彼は動物たちに命じ、国内に住んでいる隣国の住人らを排斥しようとした。それらの人間が互いに殺し合う状況を作ろうとする。


 だが、動物たちは自らの力を悪用することを許さなかった。すぐに真中の行動は単なる欲望の産物と判断し、『粛清』が決定された。


 真中は「ウキー、ウキー」と鳴いては木にぶらさがり、すぐに収容施設に入った。


「ろくな奴が来ねえよ」と有明はそこでこぼしていた。


 でも、真中と同時にやってきた鈴木すずき俊太郎しゅんたろうという男は少し違った。彼は鳥類学者で野鳥を愛好し、動物たちの心を理解しようとすることに心を砕いた。千晶も彼には共感でき、共に動物との対話による理解を深めようとした。彼らとはイメージ認識が共有できずに悲劇を起こすことも多かったが、鈴木は諦めずに彼らに言葉を教え続けた。


「それは哲学的な問題だ」と彼はよく動物たちに言い聞かせた。そう告げた時には質問に答えられない。そういうルールを動物たちに浸透させたのも彼だった。


 それからしばらくは大きな動きはなかった。補充要員として矢沢やざわきよし蒲田かまたみのる最上もがみ譲吉じょうきちという男たちが続けざまに来たが、彼らは動物の力を使って金を得るとか周囲の人間を操るとかの行為に及んだ。当然すぐに粛清され、それぞれキジ、アヒル、鯉に変わった。精神の影響というのは絶大で、魚類に変化した男はまもなく窒息死した。


 次に来た学校教師の池澤いけざわ初美はつみは、再び動物たちを仕留める方法を模索し、町の中に鳥インフルエンザにかかった鶏を引き入れてきた。それによって毒餌よりも効率よく動物たちに打撃を与える策を練ったが、動物たちはウィルスの存在を素早く見抜き、初美自身を鶏に変えるという反撃に出た。


 その辺りで、最初の一年が終了した。千晶と鈴木は動物たちとの対話を進め、一方の有明は動物の能力を実験しつつ、町のシステムを強固にしていった。


 そんな日々の中で、唐突に有明は殺害された。


 犯人は今も見つかっていない。

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