2-3:アナタたちとのチガイ

 結論から言うと、自分は愚かだった。


 千晶からあれほど警告されていたというのに、何もわかっていなかった。


 その事実に気づいたのは、日が落ちて間もない時間だった。


 家に帰ってからはすぐに、自室にこもってベッドに横たわっていた。

 ボッティチェリとの対話は失敗に終わり、結局何も情報を引き出せなかった。どうすれば彼らの実情をもっと掘り下げられるのかと、出もしない答えを模索していた。


 五時少し前に千晶も戻り、部屋へと入ってきた。どこかへ出かけていたようだが、用件に関しては何も語ってくれない。


「学校生活はどうだ」と笑い、机の前に座ってコカコーラを呷る。「まあまあ」と直斗が控えめに返すと、千晶は制服のネクタイをゆるめながらニンマリと笑ってきた。


「もちろん深入りはNGだが、学校の奴や町の人間と仲良くしておくのはいいことだぞ。俺たちみたいな状況だと、人間と人形の違いがわからなくなりそうだからな。ちゃんと人と向き合って、何が大切なのか忘れないようにしなきゃいけないんだ」


 心構えを語り、またコーラを飲んで幸せそうに吐息をつく。「そうだね」と直斗は頷き、言われたことを噛みしめる。


「あと、勉強もちゃんとしておけよ」と言い、すぐに教材も取り揃えると約束してきた。

 そうやって、今日は何事もなく一日が終わるのだと思っていた。


 しかし、そうは行かなかった。


 午後六時を回り、間もなく夕食の時間になるという頃合いだった。梅嶋夫妻が揃って台所に入り、直斗たちのためにカレーを作り始める。


 そうして、温かい匂いがリビングに立ちこめた時だった。

 突然、家のチャイムが鳴らされた。


 千晶はすぐに反応した。読んでいた文庫本を机の上に投げ、早足に玄関に向かう。

 直斗もこっそりと後を追い、階段を下りたところで様子を窺う。千晶がドアを開け、来訪者を迎えているところだった。


 誰なのかと考える前に、「オメデトウ、ゴザイマス」というフレーズが耳に届く。


 心の中で何かが萎むのを感じた。

 千晶が振り向く。一緒に来いと言われている気がして、無言でついていった。


 その先の光景を見て、激しく後悔をすることになった。


 使者によって示された先は、とても赤い色をしていた。


 場所は学校から二つほど通りの離れた区域だった。古い家屋の建ち並ぶ一画で、狭い土地に何軒もの民家が密集している。


 そこに何者かが火を放ち、あっという間に炎上したとのことだった。


 表では消防車のライトが瞬き、野次馬が近くから集まっていた。日が落ちて街灯がともり始めた時間で、消防車の回転灯が遠くからでも目に入る。


 直斗は千晶と共に現場へと行き、野次馬から少し離れた場所で状況を観察した。

 そこで、右肘にカラスを乗せた男が不意に歩み寄ってきた。


「アナタは、イイマシタ」


 背の低い男だった。パンチパーマで鬚が濃く、どこか不潔な感じのする人物だった。

 男は焦点の定まらない目で直斗の前に立ち、カラスの言葉を代弁する。


「アナタは、ワタシたちと、ニンゲンのチガイは、カンジョウだといいました」

 公園でのやり取りを反芻してくる。


「かつて、ワタシたちはキキました。カンジョウとは、もえるホノオのようなものだと。だから、これが、セイカイ、ですか?」


 現場では今も消防士による放水が行われている。火事の規模は大きく、何件もの家屋が焼け落ちていく。


 言葉が出て来なかった。炎を見ていく間に、頭の中の何かも蒸発していくような心地がする。まともに思考も働かなくなり、足元がぐらつきそうになった。


 呆然と立ちすくむ直斗に対し、カラスは尚も質問を浴びせた。


「コレガ、ワタシたちと、アナタたちとの、チガイ、ですか?」

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