第5話 可愛いは最強


 レイカの言葉に、結愛は大きく肩を竦めた。

 それから佐世と比べるのも烏滸がましいほどの実績を持つマネージャーについて口を開く。


「うちのマネージャーは相変わらず忙しそうだよ。あの人こそ仕事の鬼だよね」


 結愛のマネージャーは、業界でちょっとした有名人だ。持ってくる仕事の量も、求める仕事の質も高い。結愛でなければ応えられない要求も多いと聞く。

 レイカは変わらない様子に背中をシートにつけ呆れたように息を吐いた。


「天職よね。マネージャー好きそうだし」

「まぁ、無理に止められないだけ、良いかな」


 満足そうに笑う結愛に、レイカは苦笑した。

 結愛はこの仕事が本当に好きなのだ。その上、ストイックすぎる。結果、自分のステージには手を抜かないし、倒れる寸前まで動く。

 レイカ自身、芝居に関して手を抜けない。だからこそ、彼女のストイックさは理解できて、そして無理だなと思う。


(他人の理想なんて、応えてられないでしょうに)


 彼女のストイックさは、追い求める理想がある。

 その理想は結愛自身の希望とファンからの理想が混ざりあったもので。レイカが求める役柄の追求、役をどう演じるかの追求とは、また別種のものなのだ。

 レイカは大きく息を吐いて、


「仕事の鬼と仕事の鬼がかけ合わせると、ろくな事にならないわね」


 と言った。結愛は悪戯な笑みをこぼすだけだった。

 前のマネージャーのときは、好きなだけ仕事をさせてもらえなくて、拗ねていた。今のマネージャーになってから、結愛の仕事は激増し、その中でも楽しそうに働いている。

 文句のひとつは言いたくなるような働き方だが結愛は一切口にしない。


「レコーディングも順調に進んでるし、ツアーも好きなように組めてるから。ほんとは、もっと入れたいんだけどね」

「あなたのライブ好きは異常ね」

「ライブ最高でしょ!」


 キラキラと顔を輝かせる姿に、レイカは「好きでも程度があるわよ」と返した。

 テレビやCMを中心に活動するアイドルが多いなか、結愛は根っからの現場派。ライブが一番楽しそうだし、ライブのために曲を出すことを最優先している。

 ただそのライブが一番時間と体力を奪う。地方公演は移動もかかる。全国のファンに会うのに余念がない結愛にとっては些事なのだろうけれど。


「CMの数だけライブもしていいって言われたから、頑張ってるんだぁ」


 結愛から飛び出た言葉にレイカは唇を引きつらせた。

 今現在でさえ、結愛はたくさんコマーシャルに出ている。テレビをつけて彼女の顔を見ない日はないくらいだ。

 これ以上?

 完璧を追い越して怪物にでもなるつもりなのだろうか。


「この間のなんて、めっちゃ踊らないといけなくてさぁ」

「ああ、あの面白いやつ」

「そ、完璧に可愛いだけじゃ飽きられるからね。今どき人間味も必要なんだって」


 はぁと結愛は唇を尖らせた。彼女のCMは多かったし、タイアップ企業も多い。だけども本人はCMをそこまで好んでおらず、あくまでオマケ程度に考えている。

 最近流れたのはお菓子のCMで、コミカルなダンスとともにお菓子を食べていた。


「あなたの場合、ライブでは素に近いから、コマーシャルもそっちの方がイメージも築きやすいんでしょうね」


 結愛のマネージャーのとってくる仕事はいつも的確だ。レイカから見ても戦略はうまくいっているように見えた。

 歌う結愛は完璧な可愛さを持つアイドルだ。録画されたものには、可愛らしさ〝しか〟詰まっていない。

 だが、ライブの彼女は違う。素を知っているレイカにすれば、ライブの結愛の方が親近感を抱きやすい。


「え? 素とかなんのこと?」

「……あたしが今目の前で見ているもののことだと思うけれど」


 今更とぼける友人をレイカは白い目で見つめた。

 アイドルとして作り上げられた結愛という人間は、可愛さの極地にある。自分を可愛く見せるための努力は怠らず、それでいて変に媚びることもないので、男女ともに人気を得ていた。

 その中身がざっくばらんで、下手な男より男気があるなんて、誰が想像できるだろう。


「まったく、お嬢様は厳しいなぁ」

「ヤンキーを隠すアイドルさまに言われることはないわ」


 二人で顔を見合わせて笑った。


「マネージャーも着いたんなら、少しは違う仕事もしてみたら?」


 最近あったことなどを話しつつ雑談は進んでいく。

 たまにあるインタビューやテレビ収録でも、結愛の話は使いやすい。もちろん、レイカの話もある程度は解禁している。

 セルフプロデュース力に優れた結愛の提案に、レイカは首を傾げた。


「たとえば?」

「かわいい系のCMとかどうよ?」

「絶対嫌」


 結愛の提案にレイカは眉間にシワを寄せ、それから小さく横に首を振った。

 テレビやCMに抵抗があるわけではない。必要なことだ。

 ただ今までも、そういう仕事は殆ど来ていない。来ていないということは需要がないということだ。


「なんで? レイカは絶対可愛いのも似合うのに」

「イメージの問題よ。イメージを壊さないためにも、持ってこないでしょ」


 佐世は完璧に仕事をしてくれている。レイカという女優のイメージを確立し、好きな仕事に全力で当たれるようにしてくれているのだ。

 今更CMを持ってくるようには思えなかった。


「そうかなぁ。話を聞いていると、その人、レイカのこと凄くよくわかってそうだけど」

「わかってるなら尚更じゃない」


 何度か首を傾げる結愛。

 レイカはたまに出るこの手の話題が不思議だった。レイカの言葉に、結愛が一度外を見て、言葉をまとめてから言った。


「んー、レイカは可愛い部分もあるよ。結愛さまが言うんだから間違いない」

「期待しないでおくわ」

「なんだとー!」


 珍しく落ち着いた声音の言葉に、少しドキリとする。

 彼女の可愛いは間違わない。知っていた。それでも、こればかりは違っているとしか思えなかった。

 それからしばらく席を占領したまま気を置かない会話は続いた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【書籍化】性悪女優と優等生マネ〜キツさも喉元過ぎれば癖になる〜 藤之恵 @teiritu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ