星風とソール

碧月 葉

End of the Journey.

 とおい遠い未来、遥か彼方の銀河で……一隻の宇宙船が迷子になっていた。



星風コズミック・ストームか、ひでぇのが来たもんだ」


 強烈なプラズマの嵐に見舞われた宇宙船ふねは、変圧器がその電流に耐えきれずショートしたため、停電中である。

 

「じいちゃん、どのくらいで治ると思う?」


 整備士見習いのソールは、損傷している配線や部品を交換しながら、後ろに控える白髪の老爺に声をかけた。


「ダメじゃの〜これは。変電設備だけではなく、あらゆる計器がイカれとるわい」


 宇宙船の状態は最悪だった。

 辛うじて空気の循環や温度管理を行う生命維持システムが作動しているものの、エンジンシステムも電力システムも通信装置も動かない。

 このままでは、広大な宇宙の片隅を漂うだけの宇宙ゴミになってしまう。

 

「はぁぁぁ、しんど。もう何から手をつけていいか分かんねーや」


「なんの、諦めなければ道はあるさ。ただ、ピンチじゃのう、電源喪失した地点は銀経121.127489度、銀緯−21.504837度だったはず、そこから北極側に0.000027度流されとるぞ」


「‼︎ げげっ、フロース小惑星帯っ。マズイじゃん。あっという間にゴミ屑なっちゃうよ」


「一応、船内に生き残りは200名位はおったかのぅ。さて、どうじゃ? この危機を脱するには……」


「…………クォンタムドライブを大至急復旧させて、安全な空域にワープする」


 ソールの答えに、師匠は頷いて破顔した。


「すっかり一人前じゃの。お前ならやれる」



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 ソールは目を覚ました。

 作業に疲れていつの間にか眠ってしまったらしい。


「ったく。あのジジイ……簡単に言ってくれる。自分はとっとと死んじまったくせに」


 ソールは目尻を拭うと、ゆっくり起き上がった。


 ——星風も、今この宇宙船を襲っている災難も、昨年のエイリアンの襲撃で師匠が亡くなった事も、全て……夢であれば良かったのに。


 彼は一瞬淡い期待を持ったが、覚醒するにつれ重い現実がのしかかって来た。


 宇宙船は電気系統の殆どが使用不可、頼れる人がいない。どころか……ソールはひとりぼっちだった。

 

 星風がもたらしたのは、宇宙船の故障だけではない。

 同時に「リップ病」が流行して、乗員は次々と意識を失い目を覚まさなくなった。

 リップ病は、最新の医療設備さえ整っていれば重篤な病ではない。そのため現代では、ワクチンを打つ者は殆どいなくなっていた事が仇となった。


(じいちゃん、ああ見えて心配性だったからな)


 ソールはワクチン接種を行っていた数少ない者のうちの一人だった。


 彼は目を覚ました時は戦慄したが、自分にできる事をやるしかないと腹を括った。

 眠るように倒れている200近い人々を睡眠カプセルに運び、冬眠モードを作動させ、生命維持システムのメンテナンスを行い、後は黙々とワープシステムの復旧に取り組んだ。

 ソールの計算が正しければ、宇宙船の現在地点は小惑星帯から程近く、早く離れなければ船が穴だらけになりかねないからだ。


 寝る間を惜しんで働き続け、復旧までもう少し——が、疲労は溜まっている。

 

『……もし、辛いことがあったら19番通路のハッチ87を見てみろ。ワシのお宝つまみがたっぷり入っとる、食えば元気が出るぞ』


 師匠の最期の言葉はそれだった。

 ゼリーを飲めば必要な栄養は摂取できるのだが、食べるのが大好きだった師匠はあらゆる時代の再現メニューをコレクションしていた。

 そして、師匠が晩酌する際、つまみをちょいちょい貰うのは、ソールが小さい頃からの楽しみだった。


 

 ソールは遠い日を思いながら、銀色のパウチを開き、中のモノをムシャムシャと食べた。

 しかし、あんなに美味しかったはずのつまみが、どういう訳か味気ない。


 ソールはフゥと息を吐き出した。


(このまま、誰も目を覚まさなかったら……俺が頑張る意味はあるのだろうか)


 窓の外には静寂と闇が延々と広がり、遙か遠くでは、赤、青、金、紫の光の粒が瞬き合っている。

 

(いっそのこと目覚めない方が幸せだったんじゃ。この広い宇宙で、ひとり生き残ったしても……)


 胸の隙間に黒い影が入り込もうとした瞬間。

 

 右前方に大きめ小惑星が見えた。


(ぶつかる! 俺が変な事を考えたからかっ)


 ソールは大きな後悔とともに目を瞑った。


 轟音が響いたが、不思議と衝撃が無い。

 ソールが目を開いて外を確認すると、先程の小惑星は砕け散っていた。

 再びの爆音。

 主砲が放たれ、目前の石の欠片を吹き飛ばしたのが見てとれた。


 誰かいる!

 ソールは食事を抱えたまま、コクピットを目指して走った。

 

 

 息を切らして部屋に入ると。

 中には人がひとり。


「テルス先輩……」


 操縦席には、迎撃部隊のエースパイロットが座っていた。

 

「よお、ソール! 良かった。私以外にも誰か動いている気配があったが君だったか」


「今の砲撃は先輩ですよね、ありがとうございました」


「なんの。火力が生きていて助かったよ。こんなデカい機体を弄るのは始めてだったけれど、何とかなったね。それより君が抱えているパウチが気になるんだが……まさか固形食持っているのか?」


「はい。師匠からの贈り物でして……良かったら一緒に食べます?」

 

「実はチューブ食ばかりで気分が萎えていたんだ。嬉しいよ……しかもそれって……『リンクス料理店』の古代食シリーズじゃないか‼︎ めちゃくちゃレアだな」


 テルスは嬉しそうに声をあげた。


「師匠の趣味だったんですよ。『カレー』と『ピザ』ありますけど、どっちが良いですか?」


「両方食いたいから、分けようぜ」


 その日、ソールは、久しぶりに美味しいと感じながら食事をとった。


 そして、この3日後、クォンタムドライブの完全修復に成功——ワープシステムが復旧した。



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 最も安全な座標軸はどこか。


 AIも何にも頼れない状況で、それをどこに定めるか2人は随分と頭を悩ませたが、出した結論は一緒だった。


 無事ワープを終えた今、2人の目の前には青い惑星がある。


「これが、俺たちの故郷ですか……1,500年ぶりになるんですね」


「ああ、『ただいま』だな」


 ワープ先は「地球」。


 1,500年前、人類は地球を後にした。

 ミサイルが飛び交かって多くの生命が失われ、大地が、大気が汚染され、住むことが出来なくなったからだ。


 ソール達の宇宙船はその時生き残った人々を乗せて飛び立った船のうちの一つだった。

 人類は「いつか戻ること」を夢見て長い旅を続けてきた。

 そして、先ごろ遂に「核変換技術」を開発し、地球への帰還に向けて本格的に準備を進めていたところだった。

 エイリアンの襲撃、星風、リップ病という前代未聞の不幸が立て続けに起き、伸びに伸びていた人類待望の瞬間——2人はそれを迎えていた。




「先輩、どうですか」


 テルスは、ソーラーパネルを活用した計測器で現在の地球の様子をスキャンしている。

 始めは少しばかり眉を顰めていたが、次第に表情は明るくなっていった。


「所々放射性物資の反応があるけれど、核変換粒子をばら撒けば無害な元素に変えられるレベルだと思う。それに、ほら、あそこの緑っぽい部分。森のようなんだ。……星に命が戻っている」


「じゃあ……」


「来年くらいには、地球で暮らせるようになるよ。1,500年に渡る償いの旅路はここでお終いかな」


「償い。そうですね。こんなに綺麗な星を穢してしまった罪……重かったですね。1,500年前の人たちに言ってやりたいですよ。子孫がとんでもなく苦労するから戦争なんて止めてくれって……この宇宙船だって最初は何万人も乗っていたというのに……辿り着いたのはたった2人ですよ」


「機器を直して、船が復旧すれば病を治す事も出来るはずだ。そのうちみんな目を覚すよ。それに……ソールと私、一応男と女だろ。私達から増やせないこともないさ」


 思わぬ言葉にソールは頬が熱くなるのを感じ、慌てて視線を逸らした。


「冗談はやめて下さい。それより、祝杯でもあげましょうか」


 2人は銀色のパウチを幾つか開いて、炭酸水で乾杯した。


「地球に戻れるって事は、こうした擬似食品じゃなくて、本物が食べれるかもって事ですよね。先輩は食べてみたいものありますか?」


「私は焼きたての『パン』だな。香ばしい香りに、外側はパリッと、中はふんわりともちもちだって文献に書いてあって、ずっと憧れていたんだ。ソールは何かあるのか?」


「俺は『ラーメン』です。師匠が地球に戻ることがあったら作ってみたいって言っていましたので」


「そっか、パンより難しそうだが……やりがいはあるな。それに、どちらも『小麦』がいるか……地球に降りて落ち着いたら、育て始めてもいいかもしれない」


「良いですね、麦。色んなものが作れそうですし。おそらく何処かに種子が残されていたと思います」


 ソールは希望に満ちた美しく青い星を見つめ、口元を綻ばせた。


 黄金の小麦畑と青い空……1,500年の時を経て、地球が人の営みを再び受け入れる日まであと少し。

 


                                 ——END——

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星風とソール 碧月 葉 @momobeko

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