3-1. 赤い結晶

 真田も全容を知らないという「赤い結界」と魔獣について調べるため、俺は放課後、本校舎へと向かっていた。鴨野橋魔法学園には、本部棟、本校舎、第二校舎、そして俺たちFランクがいる旧校舎の四つの棟がある。本部に近づくほど建物がモダンで立派になる一方で、旧校舎はまるで別世界だ。


 本校舎の連中は、どいつもこいつもA級か凖A級。将来は公務員や国家魔術師が約束されたエリートたちばかりだ。輝かしい未来を約束された連中の自信満々な顔を見るたびに、苛立ちが募る。俺たちFランクの連中とは住む世界が違うのは分かっているが、それでもこうして毎日同じ学校に通っているのは、どこか不条理だ。


「まったく、こいつらの寄付金とやらで、学園が成り立ってんだろうけどよ」と俺は心の中で毒づく。俺が所属するF組のある旧校舎なんて、木造建築の古ぼけた建物だ。雨漏りさえする教室で、魔術の授業を受けるたびに、俺たちがどれだけ「無能」扱いされているのかを痛感する。でも、あの古臭い校舎が、俺にとっては居心地が良かったりもする。無駄に豪華な環境なんて、俺には似合わない。


 対照的に、本校舎は眩しいほどに白く、整然とした造りだ。そんなきらびやかな建物の前に立つと、周りからの好奇の視線が突き刺さるように感じた。おそらく、黒い制服が珍しいからだろう。こいつらの視線の裏には、見下すような薄っぺらい好奇心が見え隠れしている。Bランク以上の魔法使いたちしかこの本校舎にはいない。そして、彼らの制服は白を基調に、金色の刺繍で装飾されている。それに比べて、Cランク以下は全員が地味な黒一色。俺も、もちろんこの黒の制服だ。


「うるせえ、黒が一番かっこいいんだ!」と、心の中で叫ぶ。

 周りの視線は気にしないようにして、目的の教室へ足早に歩を進める。こういうくだらない見栄を張る連中とは、そもそも住んでる世界が違うんだ。俺がここにいるのは、そんなことのためじゃない。


 本校舎3階西の端。ダイヤルロックがかかった空き教室に着くと、特定の人間だけが知る錠番号にダイヤルを合わせて鍵を開ける。


 教室の中は埃っぽく、うず高く積まれた机と椅子が無造作に放置されている。その中央に、一人の男がパソコンとスマホを操作しながら座っていた。


 天野翔(あまの かける)。

 天野は、この学園内で裏の情報を取り扱う男子学生。金髪に染めた髪の根元が茶色くなり、まるでプリンのようなカラーリングをしている。表向きは軽薄そうだが、彼が扱う情報は確かだ。


「らっしゃい」と、短く言いながらも、天野はモニターから目を離さない。相変わらず無関心そうな態度だが、俺がここに何をしに来たかは既に察しているようだった。


「聞きたいことがあって来たんだ」

 ポケットの中から赤いカケラを取り出し、テーブルに置く。これが手に入った経緯を説明するが、もちろん「終焉(オメガ)」のことは伏せておく。


 天野は一瞥して指先で軽くカケラを弾き、興味深そうにその物体を見つめた。


「ふぅん。これ、面白いもん持ってきたじゃんね」


 彼が情報を知っていることはその反応を見ても明らかだった。天野が持つネットワークは学園内に留まらず、広範囲に及んでいる。彼なら、この赤いカケラや、魔獣に関する手がかりを掴んでいるはず。


 天野はパソコンのキーボードを叩きながら言った。

「赤い結晶について聞きたいってやつは結構いるけど……実物を持ってきたやつは初めてかな」

 天野はモニターに視線を戻しながら、続けた。


「これが何か知りたいんだろ? けど、ただの好奇心で来たってわけじゃないよな。お前、もっと深いところに足突っ込んでんじゃねえの?」


 俺は無言で彼の言葉を受け流す。確かに、ただの好奇心だけじゃないが、それを簡単に話すつもりもない。天野は軽薄そうに見えて、洞察力は鋭い。下手に情報を漏らせば、何かに利用されるかもしれない。

 天野は指で赤いカケラを転がしながら、一瞬考え込む素振りを見せた。そして、パソコンの画面に手を伸ばし、いくつかのファイルを開いた後、ようやく口を開いた。


「この赤い結晶……こいつに繋がる話は何度か聞いたことがある。でも、お前も分かってるだろ? ただで出せるような情報じゃない。こういうネタってのは、どれだけのリスクを覚悟しているかで手に入るものが変わるんだ」


 天野はモニターを見つめたまま、軽くキーボードを叩き続ける。目に映るのは不特定多数のファイル名だが、内容までは見えない。見せようとしているわけでもないのだろう。


「で、お前はどれくらい本気でこれを掴みたいんだ? 好奇心程度で手に入る情報じゃないってことは、分かってるよな?」


「代償を払えってことか?」俺は天野の言葉を遮るように尋ねた。


「そうだよ、簡単に言えばな。俺も命を張って集めた情報だ。お前がそのつもりなら、こっちもリスクを取る。でも、そのためには相応の対価が必要だってことだ」


 天野は軽薄そうな笑みを浮かべ、カケラをもう一度つまんでから俺に投げ返した。俺はそれを手に受け、しばし無言で考え込んだ。やはり、危険はこの日常の裏に潜んでいる。魔獣だとか、悪の組織といった噂話ではなく、何者かの確固たる意思がこの問題の背後にある。


「……いいだろう、代償は払う」俺は決断した。この赤い結界の謎に近づくためには、リスクを避けて通るわけにはいかない。


 天野は満足そうに微笑み、パソコンの画面を操作しながら別のファイルを開いた。そこにはいくつかの写真や映像が並んでいる。天野はその中の一枚を指差した。


「じゃあ、情報の一部を見せてやるよ。これだ」


「これは……?」写真に映るのは一見、普通の研究施設のようだった。清潔な外観、大学や研究機関が運営しているような雰囲気が漂っている。


「一見ただの研究施設だと思うだろ? でも、これは郊外にある学術研究機関として登録されている表向きの姿だ。最近、そこの周辺で人が消えるという情報が入ってきた」


 俺は写真に映る施設をじっと見つめた。白く整然とした建物の背後には広い緑地が広がっている。しかし、その光景の中に妙な不気味さが漂っているのを感じた。


「それがこの結晶となんの関係があるんだよ」


 俺の声には焦りと苛立ちが混じっていた。


「この結晶の出所が、ここなんじゃないかって俺は睨んでるんだ」


 天野はそう言いながら、キーボードを軽く叩いて別のファイルを表示した。そこにはさらに詳細なデータが映し出される。


「この施設、表向きはただの学術機関だが、裏では人体実験や魔術の研究をしているって噂がある。俺のネットワークでも、そういう話が流れ込んできている」


「人体実験……? この時代にそんなことがあるのか?」俺は眉をひそめた。そんな話はフィクションの中だけのものだと思っていたが、現実に行われているのだろうか。


「火のないところに煙は立たない、って言うだろ? それとも、俺の情報網を疑ってるわけじゃないよな?」天野が細い目をさらに細めて俺に問いかける。


「そういうわけじゃない……ただ……」


 ポケットの中にある赤いカケラが、現実味のないはずの話に悪い説得力を与えていた。


「ま、とにかく現場を確認してみるしかないだろ。それで追加の情報を持ってきたら、俺に報告しな」


 天野はモニターに視線を戻し、しっし、と俺を追い出すように手を振った。


「……つまり、情報の裏どりを俺にさせるってことか」俺は独り言のように呟いた。


 また魔獣が出てきたら、生半可な覚悟では済まないだろう。だが、それこそが天野の言う「代償」なのだ。理解した上で俺は立ち上がり、情報の正体を暴くために、その研究施設へ向かう決意を固めた。


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2024年9月29日 08:00
2024年9月30日 08:00
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