2-2.

***



夜の闇の中、3つの影が街の空を駆けていた。

ひとつは黒衣の男、ゼロ。残り二つは黒衣の女。彼らは、トゥルーダークの密命を帯び、影を縫うように郊外の施設へと忍び寄る。まるで闇そのものが彼らを導いているかのように、静かで迅速だ。


ゼロの耳にインカムから冷ややかな指令が流れ込む。

「ゼロ、目標は確認済みだ。施設内には、情報通り『紋章の女』が滞在している」

ゼロは無言でインカムをトントンと二度叩き、了解のサインを送る。焦りも戸惑いもない。その表情は冷徹で、確保すべき対象に焦点を定めていた。


随伴している二人の女は、ゼロの指示で散開し、施設の出入り口を包囲する。彼らが目指すのは、教育機関の看板を掲げた表向きには平凡な施設。しかし、その内部には、ただならぬ力が潜んでいる。


インカムに「トン、ツー」と突入のサインを送り、ゼロは迷わず施設の境界線を越えた――その瞬間。


世界が突如、赤く変貌する。

「ッ――!?」

ゼロはわずかな驚きを見せた。数秒前までの光景が一変し、空気が歪んで赤に染まる。まるで異世界に足を踏み入れたようだ。


警戒を強めるゼロの前に、二体の怪人が現れた。ぬらぬらと光る皮膚、両生類を思わせる冷ややかな目が、ゼロを捕らえる。


「ギェッギェッギェッ」

怪人たちは、何かを楽しむかのように不気味に笑う。


ゼロは鋭い視線を送りながら、即座にインカムへ指示を送る。「敵出現。施設の影に二体。警戒を強めろ」

敵は二体だが、その背後にはさらに何かが潜んでいる気配がある。ゼロは冷静に状況を分析しながら、手早く次の手を打つ。


数的不利。しかし、それは好機でもある。


ゼロにとってこの状況は窮地ではない。むしろ、チャンスだ。

「……来いよ」

ゼロは手招きで挑発し、鉄甲に守られた腕を構える。


「ギェ!」

右側のカエル怪人が飛び上がり、上空から襲いかかってきた。

「ふん!」

ゼロは瞬時にサンショウウオ怪人に向き直り、手首から飛び出した隠しナイフを鋭く振るう。飛びかかるように距離を詰め、素早く切りかかった。


「ギェェッ!」 サンショウウオ怪人は防御の姿勢を取ろうとするが、ゼロの動きが速すぎた。鋭い一閃が怪人の皮膚を裂き、黒い血が飛び散る。

「防御が甘いな」 ゼロは冷静につぶやく。


だが、その背後、カエル怪人が迫っていた。空を切り裂く巨大な爪がゼロを狙う。

「直線的すぎる」

ゼロは軽やかにステップを踏み、カエル怪人の攻撃を避けた。同時に、鋭い蹴りを繰り出し、怪人の腹に深く叩き込む。


カエル怪人は苦しげにうめき声を上げて後退したが、再度襲いかかろうとする。しかし、その動きは鈍くなっていた。ゼロはその隙を逃さず、瞬時に間合いを詰めてナイフを突き刺す。

ずぶり、と刺さる感触。


「生臭いな。近寄るなよ」

ゼロは力を込めてカエル怪人を蹴り飛ばし、着実に力を削いでいく。


その瞬間、ゼロの後ろ回し蹴りがサンショウウオ怪人に炸裂した。

鈍い音が響き、怪人は地面に叩きつけられる。ゼロは冷徹に状況を見極め、彼の計画が順調に進んでいることを確認する。


「しぶといが……無駄だ」

カエル怪人は腹部から黒い液体を垂らしながら立ち上がろうとするが、その目に宿る生気は薄れていく。ゼロはそれを見下し、つぶやいた。


「貴様らにかまっている暇はない」

そう言い捨て、正門へと歩を進めた。


その時、インカムから不快な唾音が混じった声が聞こえた。

『忍法……大縛殺(だいばくさつ)、でござるぅぅふふ』


ゼロの背後、怪人たちは宙に跳ね上げられた。四方八方へと引き裂かれるように縛り付けられ、蜘蛛の巣にかかったように動きを封じられる。

次の瞬間、ぐしゃという鈍い音が響き、二体の怪人はその命を散らした。



***



「インカムに唾を飛ばすな。耳が腐る」

ゼロは不快感をあらわにしながら、インカムに暴言を吐きかけた。無造作にインカムを切ると、彼は正門へと歩みを進める。だが、その途中で、赤く染まった異常な世界が徐々に色を取り戻していく。


「……結界が解かれたか」


その一言に、わずかな緊張が解けた。しかし、油断はしない。ゼロは正門の重厚な扉を蹴り破り、冷徹な眼差しで施設の内部を見渡す。


「……どこか、おかしいな」


ゼロの直感が告げる。どこからともなく現れた二人の女も、周囲の異常な静けさに気づいていた。中にいるはずの守衛、あるいは関係者すら、まったく姿が見当たらない。ゼロは、無作為に部屋の扉を次々と開け放つ。だが、どの部屋もがらんとしていて、生気が感じられなかった。


「……くそ、逃げられたか……」


焦燥感がゼロの中にわずかに広がる。施設の奥、隠された扉を発見すると、彼は苛立ちを抑えきれずにインカムへと毒づく。


「任務続行。紋章の女を追う」


隠された扉の向こうに待っていたのは、地下へと続く通路だった。暗く、冷たい空気が流れている。ゼロは通路の先に感じる不気味な気配に目を細め、二人の女に静かに合図を送る。三人は無言のまま、確実に武器を構え、次なる戦いに備えるのだった。




***


薄暗い部屋の中、青白い燐光だけが静かにリビングを照らしていた。浅霧千影は、手元にある兄の制服を完璧に修復し終え、それをそっと抱きしめながら一人、ぽつりと呟いた。


「……終焉(オメガ)が目覚めた……じゃあ、始源(アルファ)と光輝(ガンマ)は、一体どこに……?」


その声は、まるで千影が何か大きな謎に気づいているかのようだった。憂いを帯びた表情とともに、紋章を持たない兄への不安が垣間見える。しかし、その言葉には、どこか奇妙で不自然な響きがあった。まるで、自分が本当にそれを心配しているのか、自分自身にも確信が持てないかのように。


リビングに漂う静寂の中、千影の言葉は、虚ろな空間へと吸い込まれ、消えていった。

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