第2話 回想・親方・仕事

 生まれはノルン王国の南東部にある街ウルズ。

 父親は戦争から帰還した英雄とみんなから言われていたが、実際は毎日暴力と酒に溺れるクズ男。母親は家におらず、歓楽街で男と連れ添う毎日。

 かくいう俺は金無し、仕事無し、学無し、魔法無しのダメ人間。齢9歳にして死を待つだけの人生。そんな時に出会ったのが、親方と呼ばれる存在であった。

 親方は俺に生き方を教えてくれた。自由とは何かを教えてくれた。

 まず、俺が教えられたのは自由のなり方だった。それは非常に簡単で、単純であった。けれど、人はそれを悪や罪だと言って、敬遠していた。

 だが、俺にとってはそれは救いで正しさであった。だから、俺は親方と出会った次の日には父親と母親を手にかけて自由を手に入れた。

 その後の人生は順風満帆。金の稼ぎ方を教えてもらい、人の騙し方を教えてもらった。そして魔法の使い方を教えてもらった。

「いいかジャックス。魔法ってのは”使うもんじゃねえ、売るもんなんだよ」

 以上回想終わり。



 ベルダンの外れにある地下酒場の入り口を蹴り開けながら、俺は店に入った。

「親方、帰ったぜ」

 だが、店内は暗く、シンと静まり返っていた。

 明かりという明かりは、酒場のバーカウンターに乗せられている一本のロウソクしか無く、俺はそれを取り上げ、手燭に乗せた。

「おい、親方、いねえのか」

 もう一度声を張り上げてみる。だが、どこからの返事も無かった。

「死んだ?」

 後ろでカオリが呟く。

「多分。親方もだいぶ年食ってたしな。いやでも、まさか今日が命日になるとは。悲しいねえ」

 そう言いながら俺は店内の奥へと進んでいった。

 手元のロウソクだけでは店内を歩くには不十分な明るさのせいで、テーブルやイスに足を引っかけたり、ぶつけたりをした。

 そうして、俺はようやく暖簾がかかった扉の前に辿り着くことができた。

 暖簾をかき分け、扉を開く。するとそこには、見覚えのある背中があった。

「おい、親方。生きてるか?」

 冗談交じりに俺は声をかけた。

 けれど、反応は返ってこなかった。

 俺は訝しみながら、親方の背中へと近づいた。

 部屋は暗い。当たり前だが、どこかこの暗さは仕組まれた暗さを帯びていた。

 静かに、俺は親方の肩を叩く。なぜか俺の手は汗に濡れていた。

「親方?」

 反応は返ってこない。今度は両手で肩を揺さぶる。

「親方!」

 思いっきり肩を引っ張る。そして、その身体はあっさりと倒れた。力なく、ただだらりと倒れこんだ。屍のように。

「親方……?」

 倒れた親方の身体を俺は呆然と見下ろした。

 ぽたり、と水が落ちる音がした。それは、親方の口からこぼれた赤い液体からの音だった。

「……マジかよ」

 親方の身体は冷たかった。腹部からは血をだらだらと流し、口からも血がこぼれていた。自慢の白髭もその血で濡れ、目は虚空を見つめていた。彫りと皺の深い顔に生気は無く、驚きが残っていた。

 親方は殺されていた。

 腹部にある傷は明らかな刺傷であった。それも鋭利で深い刃物による傷。それが何カ所にもあった。複数回刺されたのだろう。確実に殺すために。

 確かに俺たちは恨みを買うような仕事をしてきた。けれど、その相手は大体が行く当てのないホームレスや老人といった生活力の無い人間をターゲットにしていた。それに仕事を終えた後、すぐに姿を消す。探そうにも翌日には消えている存在なのだ。報復しようにも、報復できない。それが俺たちがここまで生き残れた理由だ。

 なのに、親方は殺された。いつかはこうなる運命であるとしても、今日ではないと思っていた。仕事は完璧だったはずだ。このベルダンの街で俺たちを知る者はいないはずだ。調査は間違っていなかったはずだ。

 けれど、事実として死んでしまった。親方はもういない。

 なら、俺がすることはただ一つだ。親方が残した最期のメッセージ。それを探り、引継ぎ、生き残ることだ。

 俺はそのために、まず親方の身体を調べようと服に手を伸ばした時であった。

 後方にある扉がドンと大きな音を立てた。

 俺は咄嗟に後ろを振り向いた。

 そこにいたのはカオリであった。顔中に脂汗をにじませたカオリがそこにはいた。カオリはその小さな口を震えながら開く。

「ミスったな、私たち」

 そう言うと、彼女の背中から大きな影が見えた。身長2mはある巨漢の影が。

 俺はそれを見て、全てを察した。俺たちはここまでなのだと。

「そうみたいだな」

 巨漢の男がこちらへと近づいてきた。暗闇に慣れた目で彼の容姿がどんなものなのかを認識する。

 全身を銀色の鎧で身を包み、頭も兜で守られていた。その隙間から見える眼光はまるで獅子のような鋭さを持っていた。一睨みで人を殺せてしまえそうな目だった。

 そして何よりも目についたのはその鎧に付けられているエンブレムであった。白い羽根を持った女性。それが表すものはこの国に属していれば誰でも知っている。

 ノルン王国。我らが母国。そして、それを携える騎士はこの国の英雄であり、子ども達の憧れ。

「……銀翼騎士団が何の用だよ」

 俺は最後の精一杯の反抗を示す。

 2mの銀翼騎士は静かに答える。

「女王陛下がお前を待っている」

「……は?」

 俺はその意味が理解できなかった。

 女王陛下。知っている。このノルン王国を統べる女王だ。名はマーガレット・ノルン。確か3代目の女王だ。いや、それは常識なのだが、わからないのはその後の言葉であった。

「待っているだって…?」

 銀翼騎士は続ける。

「そうだ。お前にやってもらいたい仕事があるという」

 仕事、仕事だって?俺が何者で、何を生業にしているのか知って言っているのか?仮に知っていたとして、どうしてこんな詐欺師になんか用事があるんだ。何か意味があるのか、俺にしかできないことなのか。いや、彼女には絶大な権力がある。俺なんかの力が必要になる時なんてないはずだ。

 頭は堂々巡りの思考で埋め尽くされる。何が目的かはっきりしない。わかるのは、これから王城へ連行されるということだけ。

「聞いていいか」

 俺はだらだらと流れる汗を拭いながら、銀翼騎士に向かって聞く。

「仕事っていうのはなんだ」

 しかし、それは失敗だった。銀翼騎士は言った。

「マーガレット様から聞け」

 そう言って、銀翼騎士は腕を振り下ろす。その先にあるのは、他でもない俺の頭の頂点である。

 咄嗟の防御は間に合わない。俺は、その振り下ろされた腕を喰らう。視界は暗くなり、意識を保つことができない。

 ああ、なんていう日だ。

 そう思いながら俺の身体は倒れた。

 沈みゆく意識の中で最後に見えたのは、かつて俺を生かし、この道を進ませた恩人であり、元凶の死に顔であった。

 

 

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マジックトレーダー 猫街ミミ @ramencurry

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