「公爵位継承しましょうか?」といったら義兄たちにぽかんとされた話。

白井寧々

第1話

「あ、あの、では、私が中継ぎをするのはどうでしょうか?」


火花を散らしている義兄たちに向かって、私はおずおずと手を挙げた。

養子である私が相続問題に口を挟むのは正直不相応だけれど、私にも一応サンプトン公爵家の血は入っている。結婚しないことを誓えば、中継ぎ位の役目は果たせるだろう。


「え?中継ぎ?」

「…?」


義兄たちが言い争いをやめて私のほうを見る。

遠くのソファで呆れたように喧嘩を見ていたお父様でさえ、目を丸くして私を見ている。


「く、口を出してごめんなさい。

でも結婚しなければトラブルは避けられますし、お兄様どちらかのご嫡男に継がせたらいいんじゃないかなと思いまして。」


でもやっぱり身の程知らずでした!と話そうとしたら義兄たちが迫ってきて、自然と壁に追いつめられる。困惑した様子で勢いよく顔をのぞき込まれ驚く。

お、おこられる


「ご、ごめんなさい。」

「結婚しないの?!なんで!?」

「リスティは結婚願望がないのか?俺たちはてっきり…」


なぜ私の結婚願望の話になるのかわからずに、美しい顔が視界を覆う様子に耐え切れずに、目を白黒させる。何を聞かれているんだろうか。


「こらこら、お前たち、リスティが困っているだろう。落ち着きなさい。」


答えられない私に助け舟を出してくれたお父様に従って、お兄様たちは憮然とした様子で離れてくれた。

納得いかないという気持ちが顔に出ている。


「それで、リスティ、中継ぎとはどういうことだい?」


お父様が優しく穏やかに聞いてくれた。ほっと息をつけた私は、お父様に感謝しながら語りだした。



ことの始まりは5年ほど前。

お兄様たちが突然、公爵位を継ぎたくないと言い出したのだ。

お兄様たちは双子で、明確な継承順位が決まっていないのが仇をなした。

初めはお父様もお母さまも冗談だと思って受け流していたのが、次第に二人は魔術師・騎士としての頭角を表し始め、数多くのスカウトが来るまでに成長してしまった。

なるほど、二人の実力ならたとえ爵位を継がなくても生計を立てられるだろう。


しかしそれでは公爵家が困る。

現状お兄様たち以外に嫡子はおらず、一番近い親戚は私だが男性ではない。

私の実のお父様はハンプトン公爵家の次男で、結婚するときにおじいさまが所有されていた爵位を賜って侯爵になった。しかし私が五歳の時両親は亡くなってしまい、身のよりどころがなくなった私をハンプトン公爵様が引き取ってくださったのだ。


この国では女性が爵位を継げない法律はないが、たいていは中継ぎか親戚から婿養子をとる。

もちろんそういうときは、嫡子に男性がいなかったり極度に年が離れている場合で、いまのサンプトン公爵家には適さない。

どうにか二人のうちどちらかに継いでもらうしかないのだ。


それでも私が口を出すに至ったのは、この五年間、その諍いが全く決着を見せなかったからにほかならない。


二人はあと半年で学園を卒業する。卒業をしたら公爵位を継ぐにせよ、他の職業に就くにせよ進路をきめなければいけない。伴ってどちらが次期公爵となるのか決めなければいけなくて、お父様立ち合いのもと話し合いがされたが、始まってから半日。一向に決まらない。

当たり前といえば当たり前、五年間決まらなかったことが今日突然決まるはずもなかった。


一体何が爵位を継ぎたくない理由なのか尋ねてみてもはぐらかされるばかりだが、二人は貴族のしがらみを好むほうではなかったし、実力がある今となっては自由な人生を歩みたいのかもしれない。


とうとうイラつきをためた二人は臨戦態勢になってしまったところで、私が声を上げたのだった。



「なるほど、中継ぎね…?でもそれってリスティになんのメリットもないよね?第一、俺たちのどちらかの子供が爵位を継ぐとして、そのあとリスティはどうするの?

火種を生まないために結婚しないんでしょ?」


一応戸籍上は長男となっている、ノートルドお兄様が疑問を投げかける。

顎先まで伸びた金髪のストレートが良く似合うとんでもない美丈夫で有名だ。それだけでなく人当たりが良く気遣いができて優しい。自慢の兄だ。

私は小さくうなずいて答えた。


「メリットならありますわ。この住み慣れた家に住むことができます。よく知らない家に嫁ぐよりも何倍も楽ですし、女公爵の義務を果たすのは少し大変かもしれませんが、卒業まではあと二年ありますもの。一生懸命勉強しますわ。

ええと、爵位を譲った後は、そうですね、考えていませんでしたが修道院とかでしょうか?」


心配なら誓約書を書いてもいい。私にハンプトン公爵家をのっとるつもりなどみじんもないにせよ、お兄様たちにとっては不安なのかもしれない。

ノートルドお兄様がぽかんとした。口を開けて私を凝視している。そんなに変なことを言っただろうか?


「…リスティは、公爵家は嫌なんじゃなかったのか。」


ノートルドお兄様が黙っているのを見て、ブライトお兄様が言った。

ブライトお兄様は少しくせのある金髪を後ろで刈り上げ、目にかかる長さの前髪は顔に影をつくっている。あまり表情を作らないし寡黙だから少し近寄りがたいと噂されているが、それ以上に凛とした様が美しくこちらも美丈夫と有名だ。


しかし、公爵家が嫌だとは何の話だろうか。

親が死んで天涯孤独となった私を引き取ってくれたハンプトン公爵家に感謝こそすれ、嫌うわけがないのに。


「?何のお話ですか…?嫌なわけがありません。」

「いやいや!言ってたじゃないか、リスティ、嫁ぐなら公爵家以外がいいって!」

「え…?」


お兄様たちが不満げに私を見るので、私は記憶をたどった。最近嫁ぎ先の話をした記憶はないし、いつの話だろう。


「あ、ええと…、王太子殿下のお誕生日会の時のお話ですか?」

「!そうそう、その時だよ、リスティに「どこに嫁ぎたいとかあるの?」って聞いたら公爵家は嫌って言ったんだよ。」


ノートルドお兄様が興奮した様子で主張したが、それはずっと前の話だ。しかもどうしてその話がいま話題になるのかわからなかったが、私は勘違いされていることを訂正しようと焦って言った。


「それは私が養女だと知らずに釣書を送られる方がいらっしゃるかもしれないと思ったからで…、公爵家という身分が嫌なのではなく、私の身分が釣り合わないから嫌なのですわ。」


お父様が受け継いだ爵位は侯爵家だったので、私にも一応侯爵家の血が流れていることになる。

生家が消滅してしまった私を娶る価値は少ないが、血が入っているのならそこまで厄介扱いはされないはずだ。


だから私が中継ぎの役割を果たすことも、本当はどんな目で見られるか分からなくて怖いところはある。しかし世間も私が結婚しないでいたら役割を理解してくれるだろう、と思った。


「「?」」


にもかかわらず二人はよくわからないという顔をした。


「…結局、リスティは公爵家に嫁いでもいいのか?」

「え…、今はもう私が養女だということは広まっているように思えるので、そうですね、お相手が私の価値をよく理解していて、それでも私と結婚してくださるというのなら、もちろんありがたいお話ですわ。」


「…。」


「ブライト、お前、騎士になりなよ。公爵位はかねての予定通り俺が継いであげるからさ。」

「馬鹿を言うな。厳密にいうと双子に継承順位はない。お前は夢だった魔術師になるといい。」


突然お兄様は主張を180度変えて再び言い争いを初めた。

何がどうなっているのかわからない。

お父様を見ると、こめかみに手をあててうつむきながらため息をついている。



また長い言い争いが始まってしまった。





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「公爵位継承しましょうか?」といったら義兄たちにぽかんとされた話。 白井寧々 @shirai_nene

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